恋の♡魔法のチョコレート

本を棚にしまって、図書室を出た。

走ればきっとまだ間に合う。

そう思って、一気に階段を駆け下りた。

図書室から家庭科室まで少し遠いのが難点だけど、まだそんな時間じゃないしきっと帰ってないと思う…


小鳩結都なら。


家庭科室は南校舎1階の一番端っこ、保健室を通り過ぎて下駄箱を通り過ぎて右に曲がってそれから職員室を通り過ぎてさらに…走ったら見えてくる。
家庭科室のドアを開ければ、チョコレートの甘い香りが漂ってくる…


小鳩結都が所属するチョコレート研究会の部室。


「失礼、しますっ」

ガラッと勢いよく開けて、そのまま足を踏み入れようと思った。

だけどあまりに夢心地のような香りに包まれて入ることを忘れちゃった。

だから先手必勝を打とうと思ったのに、その計画はすぐに失敗した。

「何ですか?」

やばい、水色のエプロンを着けた小鳩結都が超不機嫌な顔でこっちを見てる。

「……あのっ」

言おうとした言葉も忘れちゃった。あんなに準備して来たのに。 

「今部活中なんで邪魔しないでもらえますか?」

有無を言わせないこの状況、睨みを効かせた視線が痛い。

「忙しいんですけど」

えっと…

でもここでこのままドアを閉めるのも…、そんな私のことなんか無視して作業はどんどん進められていく。 

小鳩結都の細長い指先によってスルスルと艶やかなチョコレートがシリコンモールドへと流されていく。
何も言葉発さないままじーっと見入ってしまった。

綺麗な手、してるんだな。 

毎日チョコレート作ってるのに。

「いつまでそこにいるんですか?迷惑です」

「えっ!?」

吸い込まれるように見てしまったチョコレートは気付けばすべて流し込まれ、冷蔵庫の中へと運ばれて行った。甘い香りだけがふわふわ浮いている。

「あ、あのね!」

せっかくここまで来たんだ、言わなきゃ!

でも口を開いた瞬間、小鳩結都の目の色が変わったから。

これはまたあの話だろ?と言わんばかりに、威圧感飛ばして来たから。 

「チョコレートって昔は王族や貴族の贅沢品だったんだね!」

会話のセンス絶対ミスった。

もっと上手に、こう…なんか言い感じな流れを作った上で、最終的にチョコレートを作ってもらえるようお願いするはずだったのに。

「………。」

「…。」

「…そんな話興味あります?」

見透かされている。
そんな目で見ないで、余計辛いから。