「…作りますよ、チョコレート」

「え…」 

「お礼に」

ベッドから出た小鳩が上靴を履いた。
その言葉にビックリして私も立ち上がった。

「いいの!?」

やばい、またガタッて音させちゃった。

「遅くなってごめんね~!あ、小鳩くん起きた?」

ちょうど琴ちゃん先生が職員室から戻って来た。
乱れた髪の毛を直しながら、たぶん急いで来たんだろうな。

「お母さん連絡繋がったんだけど、まだ仕事が終わらないみたいで迎えに来るのは難しいって」

「大丈夫です、もう平気なんで」

「私送って行こうか?ちょっと鞄取ってっ」

「1人で帰れます」

私なら喜んで送ってもらっちゃうけど、食い気味に断る小鳩はさすが小鳩だなと思った。お母さんも働いてるみたいだし、真面目に責任感強く育てられたのかなって。

「そう…?」

「はい」

テーブルの上に置いてあったスクールバッグを肩に掛けて、ありがとうございましたと軽く会釈をした小鳩はそのまま保健室から出ようドアに手をかけた。

「あ、私も!帰る!琴ちゃん先生さようならっ!」

リュックを背負って同じように保健室から出た。

一緒に下駄箱まで行こうと思って隣に並んだ。

「ねぇ、小鳩」

「なんですか?」

「小学校の時、隣の席のゆみちゃんって子がいたんだけど」

「急になんですか」

「頭痛持ちでよく早退してたのね、私それ見てね…」

気になっていた、ずっと思ってたことがある。隣の席のゆみちゃんがいつも誰より先にランドセルを背負ってる姿を見て。

「めっちゃ羨ましいと思ってたの!」

「バカなんですか」

もちろんそう言われてもしょうがない、なんて浅はかで軽薄なんだろう恥ずかしくて嫌な奴だ。

「早く帰れていいなぁとか、保健室で休めていいなぁとか、思ってたんだよね。でも普通に考えて辛いよね」

「…返す言葉がないです」

「私も、そらぴょんも声大きいじゃん?絶対小鳩の体調に響いてたよね、今更ながら申し訳なかったっていうか、本当に…」

「………。」

下駄箱に着いた。

何をするのも早い小鳩は上履きからスニーカーに履き替えるのも早くて、私はまだ上履きを脱ぐ仕草もしてないのに。

ササッと帰ろうとして私に背を向けた。

「楽しかったです、チョコレートフォンデュ」

「え、なんて…」

上手く聞こえなかった。

私が見ていたのは小鳩の背中だったから。

でも振り向いた視線、今度は逸らさなかった。

微笑んだ小鳩の顔を見て。

「では、さようなら」

逸らせなかった。