“うん”って、“いるよ”って。
私はただ、その言葉だけを言ってくれればいいのに。
千隼くんは何も言わず、誤魔化すように強く抱きしめてきた。
ブレスレットのときも今も、私の気持ちは分かっているはずなのに応えてはくれない。
私だってわかってるよ、わかってるんだよ。
「俺は……誰よりも幸せだから」
言わせてしまったことが、悔しい。
彼の口からその言葉を言わせてしまうと、どうしたって私には反対の意味に聞こえてしまう。
頑張って強がって、私や自分自身を安心させる、そんなものに捉えてしまう私は、私が大嫌いだ。
「…李衣を連れていきたい場所があって」
「連れていきたい場所…?」
「うん。こっち」
優しい顔をしながら私の手を引いて、非常階段をカンカンカンと上ってゆく。
階段は危ないからダメだよと言うと、「李衣と手つないでるから平気」なんて得意げに返ってくる。
最近になって千隼くんは歩くときもバランスを崩す不安定さが目立つようになったからか、手すりを使うことが増えた。
本人はいつもどおり振る舞っているから、私がしっかり彼と手を繋いでさえいればいいんだと。



