こんなにも曇りのない人間がいるのかと、正直、驚いたんだ。

 人間はみな、嘘をついて、だましあって生きているのだと思っていたから。

 それを、この目で見てきたから。



「今日も来たぞ」



 まだ目覚めない氷空に挨拶をする。

 かすかに開いた窓から、柔らかな風が入ってくる。

 入ってきた風が、氷空を気遣うようにやさしく撫で上げる。

 さらり、と氷空色の髪が揺れる。

 俺は、氷空のいるベッドのすぐそばにある椅子に座った。

 氷空の顔を見つめる。

 長いまつげ。陶器みたいに白い肌。柔らかそうな氷空色の髪。同じ色の瞳。優しいピンク色をした頬。

 とても、綺麗だと思った。

 なのに、触れたら壊れてしまいそうなほど儚い。すごく繊細な硝子細工みたいだ。

 触れたら壊れそうな硝子細工みたいに眠ったままの氷空を見てると、不意に怖くなる。

 気づいたら、いなくなってしまうんじゃないかと。

 もう、笑顔を見れなくなってしまうんじゃないかと。

 心配で心配で、眠れないくらい怖かった。

 寝たほうが回復が早いといわれているし、そのことは自分も分かっている。

 でも、それでも無理だった。

 冷静になったつもりで。大人になったつもりで。

 なのに、自分にこんなもろいところがあるとは情けないと、心から思った。

 あの時、すぐそばにいたのに。

 手が届くほど、そばにいたのに。

 体の暖かさが、ぬくもりが、生きているということが、分かるくらい、すぐそばにいたのに。

 なのに、なぜ。

 なぜ、助けられなかったんだろう。

 

「......早く、起きろよな。お前が起きねーと、あいつら、笑うことなんかできやしねーよ」



 手を伸ばして、氷空の頬に触れる。

 いつもより、ひんやりしている頬。

 あのころみたいな、あたたかさはなくて。