「怒ってんのか?」

「ってないけど」

「そうか? おまえの兄は、昔の話(ヒストリー)じゃねえか」



 ............昔の話。

 なんで、あんたがそれを言うの?

 お兄ちゃんをやった、あんたが、なんでそんなことをほざいてるの?

 私の気持ちに気づかず、風山がしゃべる。



「そ、昔のことさ(ロング・アゴー)

「......」

「別にあれはしょうがなかった。な、分かるだろ?」



 ......怒るな。
 
 感情を見せるな。

 見せたら、やり口が分かってしまう。

 見せたら、こっちがやられる。

 必死に感情を抑える。

 心の底からあふれ出てこようとする恐怖を。

 私はきつく、手を握りしめた。

 きつくきつく握りすぎて、手に爪を立てた跡がつく。

 でも、だから?

 そんなことを気にしないで、私はこぶしを握る。

 私は抑えられなくなって、視線を下げた。

 怒ってる顔を、見られないように。

 

「......」

「な? もう昔のことなんだから、気にすんなって」

「......っ」

「それに、あいつはさあ? 何の役にも立ってなさそうだったじゃんっ?」

「......」

「ていうか、邪魔だったし? いなくなってせいせいするわぁ~」

「......」

「ほんと、邪魔者だったもんなあ?」

「......」

「あんただって、あいつはいないほうがいいだろう?」

「......ッ」

「あいつはほんっとーに———」



 ゴッ!

 私はべらべらとしゃべり続ける風山の言葉を遮って、相手に向かってこぶしを突き出した。

 それ以上、お兄ちゃんを侮辱すんな。

 何もしないあんたが、お兄ちゃんのことを語るな。

 ふつふつ、と音を立てていた怒りが、ごぼごぼ、と泡を出して沸騰する。

 むかつく。

 お兄ちゃんは、邪魔者なんかじゃないよ。

 何の役にも立ってなかった、なんてことはないよ。

 ちゃんと役に立ってたよ。

 私と一緒に、いてくれてた。

 いなくなってせいせいとかするもんか。

 せいせいなんかしないよ。

 お兄ちゃんは———......。



「お兄ちゃんのことを、悪く言うな!」

「......ッ、なんだよっ......もう昔の話だろ...!」



 頬を抑えた風山が私に鋭い目を向けて、そう言ってくる。

 昔の話なんかじゃなかった。

 昔の話じゃないんだよ。

 お兄ちゃんは、昔の人じゃない。

 だって、

 

「だって、お兄ちゃんは......っ」



 私と一緒にいてくれてた......!