私はそのまま、何も持たずに部屋から抜け出した。

 すると、やっぱりあいつらは気づく。

 気づかれてしまう。

 追いかけられる。

 また、鬼ごっこが長く始まる。

 夜の街中へ行って、隠れたり、走ったり、登ったり。

 とにかく何でもいいから、たくさん走った。

 捕まるもんか。

 逃げなきゃ。

 また、あの悪夢が始まってしまう———。

 

「............私のコードネームって、《悪夢》じゃん」



 ただ、そんなことをつぶやいた。

 すると、転んでしまう。



「いたっ......!」



 膝に、血がにじんだ。

 でも構わずに立ち上がり、また走り出す。

 どのくらい走ったのか、どこまで来たのか、なんて全然わからなくて。

 ただひたすらに走って。

 空腹と疲労で、ついに倒れこんでしまった。

 

「ここで......終わりなのかな......」



 そんな独り言を漏らして、私は目をつぶる。

 あ..................オオデマリの香り............。

 ふと、漂ってきたのはオオデマリの香りで。

 オオデマリの香りがする...........。

 だんだんと意識が遠のいていって。

 朝の、白い光があふれ始めて。

 白い光にやさしく照らされて、影を作りながら、私は泥に飲まれるように、意識を失った。




 いつだって、誰かを失うときは、オオデマリの香りがした。

 胸が苦しかった。

 感情を、真っ暗な闇の中に閉じ込められてしまったように。

 心をなくしたように。

 オオデマリの香りがするたび、この悪夢がよみがえる。