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 いつだって、誰かを失うときは、オオデマリの香りがした。

 仕事をしている途中だった。

 私は今、9歳。

 小学3年生、という年齢だ。

 まあ、殺し屋になってからは学校なんて通ってないけど。

 あれから、私はもう何も、組織に逆らうことがなくなった。

 本当に馬鹿だよなぁ、と考える。

 あ......でも、人は殺さずに逃がしてるから、逆らってることになるのか。

 なんて、つまらないことを考える。

 ......あー......本当、何やってるんだろ、私。

 今は仕事中。

 というか、無事に逃がしたところだった。

 夜の街を、歩いて帰る。

 今日も特に、何もなかったな......。

 あ......ここ、あの場所だ。

 美弥と、疾風がいなくなったあの場所。

 その時だった。

 お兄ちゃんが、私を見ていることに気づいたのは。

 

「おにい、ちゃ......ん......」

「氷空!」



 呆然とつぶやいた私に対して、お兄ちゃんはほっとしたように一息ついて。

 また、あの時みたいに、無邪気に笑った。

 久しぶりに、見た............。

 お兄ちゃんの、無邪気な笑顔。

 思わず見つめていると、



「......っ⁉」



 “月殺(げっさつ)”のやつらが現れて、私たちを引き離した。

 誰かがにやにやと嫌そうに笑っている。

 ほくそえんでいる男はあるものをお兄ちゃんに向けていた。

 時が止まっているようだった。

 ゆっくりと動いているようだった。

 黒色の長袖のパーカー。

 真っ赤な真紅のミニスカート。

 その姿で、その格好で、私は目の前で起こっていることを突っ立ってみている。

 足が動かない。

 動くけど、動かなかった。

 嫌な汗で、体中がひりつく。

 鳥肌が立った。

 お兄ちゃんは、こちらをふりかえって、私のほうを見る。
 
 私を見る。

 その目で、その口で、その動作で、

 何かを伝えようとしている。

 ..................誰に?

 ぼんやりとその疑問が飛んでくる。

 そんなのもうわかっている。

 私だ。

 私に、何かを伝えようとしている。

  ..................言わなきゃ、わかんないよ......っ。

 私はただ突っ立って、それを見ることしかできない。

 “月殺”のやつらに、羽交い絞めにされる。

 私も殺し屋だけど、私は握力というものがなかった。

 ふりほどけない。

 お兄ちゃんのところに行きたいのに、羽交い絞めにされて腕を振りほどけない。

 まだ私は突っ立って、それを見ている。