――十六歳になったご令嬢は、必ず執事をそばに置かなくてはならないというのが貴族の決まりだ。

 
 公爵家の娘である私――ノエル=コパーフィールドも、学園入学とともに十六歳である。

 
 母から聞くに、私に仕えるという執事は、繁華街で闇商人に売られていたところを私の兄に助けられた、と言う青年らしい。


 他に候補者はいないのかと聞きたかったが、私のような落ちこぼれに仕えようとするものなど、きっと無に等しいだろう。


「はぁ……一人の時間も、あと少しで終わりを迎えるのね」

 
 埃をかぶった椅子に躊躇わず腰を下ろし、独り言のように話しかける。


 椅子の足は半円を描いているため、体を揺するとゆらゆらとリズム良く揺れていく。


 そういえばあの子は?


 椅子から立ち上がり、小さな小窓をのぞき込む。


 薄汚れた窓からは、茂りすぎている草がそこら中に生え広がっていた。

 
「…そろそろ、庭を整えなくてはいけないわね。母上に叱られてしまう」

 
 私の住む邸は、お父様がお生まれになった際に、お爺様から送られた物らしい。


 当時のコパーフィールド家は大変裕福だったそうで、この邸も一週間で完成したそうだ。

 
 今になっては、そこら中に蔦がはびこり、人の往来は無く、私の使わない部屋などは埃が溜まっている。


 私が掃除をすればいい話なのだが、部屋は一階につき6つほど。


 それが三階にまで続き、しかも中央には大きなホールと大階段がある。


 生憎屋敷中を一人で掃除する体力はもちあわせていない。


 そのため掃除している場所は食堂とサンルーム、自室に書庫室、地下室に実験室…あとトイレ。


 全て魔法を使えば一瞬で綺麗に仕上げられるが、魔力を大量に消費したあとは体調を崩しやすい。


 特に体を崩しやすい私には無謀なのだ。


 そんな考え事をしていると、埃が鼻を掠めて、くしゅん、と小さくくしゃみをする。


 その声につられたかのように、一匹のの精霊が姿を現した。


「ぷ、ぷ!」

 
「…プーカ、今までどこに居たの?」

 
「ぷー、ぷぷっ」

 
 プーカと名付けられたのは、ノエルの精霊だ。

 
 書庫室で手に入った、精霊の作り方について掲載されている本を読み、見様見真似で作ってみたら…できた。


 一人でいる時間の多いノエルの良き話し相手となってくれる。

 
「待っていて。すぐ話を聞いてあげる」

 
「ぷぷー!」

 
 椅子から立ちあがり、宝石で彩られた宝箱から、紫水晶のピアスを取り出す。


 ノエルは魔術具を作り出すことを趣味としており、このピアスもノエルの生成した物だ。


 簡単に言うと、精霊の話を聞くことが出来るピアス。


 精霊使いのノエルにはうってつけのアイテムで、綺麗に装飾と保管をし、大切に保護している。

 
 アメジストで作られた雫型のピアスを右耳に取り付け、魔力を入れる。


 すると、プガプガ言っていたプーカの言葉が鮮明に聞こえてくるようになってきた。


「…ノエル!久しぶり!元気だった?あのねっ、あのねっ、馬車に乗ってアルト様がね、かっこいい男の人連れてきてね、なんかね、話してたの!」

 
 興奮が抑えきれない様子で、息を切らしながらプーカは語る。

 
「…落ち着きなさい。何を言っているのか分からないわ。一回深呼吸して…」

 
 落ち着かせるようにそう言うと、プーカは大人しく深呼吸した。


 まだまだ興奮は収まらないらしく、鼻息をフンフン出している。


「それで。アルト兄様がどうしたの?」


「そう!アルト兄様がね、今度執事になる人を馬車で連れてきてたよ!今はまだ遠くて、二日はかかるみたい!僕は一足先に帰ってきたの!」

 
 アルト兄様は私の兄君。


 プーカから聞くに、兄様に仕えている冥土が執事の出身地と一緒だった為、どんな所か見てみたい。と迎えに行かれたらしい。


 全く、兄様ときたら、突発的に行動する癖があるから…。

 
「執事の偵察に行っていたのね。何か分かることはあったの?」

 
「うーんとね……。すっごくかっこいい人だったよ!髪の毛が真っ白で雪みたいだった!目の色はね、右目が青で、左目が緑色だったの!」


「そう。オッドアイなのね」

 
 プーカが「おっどあい?」と首を傾げる。


 左右の色が違う事と説明すると、なるほど!と手をポンと叩き、部屋中を飛び回った。

 
「それでプーカ。学園のこと…お母様に何か言われたの?」

 
「うん!今年の春から学園に行って欲しいって!制服と学生証はすぐにユーラに持たせて送るから、身支度整えておいてねって言ってた!」

 
 ユーラとは、プーカの妹の精霊だ。


 お母様や兄様が住んでいるやや離れた本家に、連絡係としていさせてもらっている。

 
「そう…」

 
「やっぱり…外に出たくないんでしょ?」

 
「まあ…そうね」


 私は幼少期から外に出ることが嫌いだ。


 何故嫌いになってしまったのかは覚えていないが…何か衝撃的なことがあったんだということは覚えている。


 
 五歳の頃から屋外へ出ることはなくなり、やがて人と会話をするのすら怖くなってしまった。


 まだお母様や兄様なら大丈夫だったのだが、家に仕える使用人達に話しかけられると恐怖に駆られてしまう。


 それを見兼ねた兄様と父上が、七歳になったことをきっかけに、私をこの邸へ移住させてくれたのだ。


 それからというもの、私は畑で食料を確保し、膨大な本を漁り読み、プーカとユーラを作り、お母様や兄様と連絡を取るようになって…。


 ……やがて十六歳になっていた。


 連絡をとっていくうちに、私はもう学園に入学させても大丈夫だと判断したのだろう。


 私、全然大丈夫じゃ無いんだけど……。

 
「学園には、執事も連れていかなくてはならないのよね……執事を上手く使って、外に出ないように出来ないかしら…」

 
「ノエル、それやったらお母様が悲しむよ?」

 
「……」


 学園には貴族と使用人が入学する。


 貴族は、通常の魔法能力を高める講義と、人を仕えるというカリスマ性を育む教育がなされる。


 そして使用人には、貴族と同じく魔法能力を高める講義と、仕える貴族の恥とならぬよう作法やマナーを叩き込まれるのだ。

 
「勉強は一人でやった方が覚えが早いのよ。それに加えて、執事の面倒なんて…最悪ね」

 
「えー、執事の子、いい子そうだったよ?」

 
「私は人と話すのが苦手だって言ったわよね?あなた達は精霊だから話せてるだけで……」

 
「……そりゃそうでしょ?僕らはノエルの昔の姿だ」


「……」

 
 思わず、黙ってしまう。

 
「……ふふっ、そんな顔しないの〜!怒った?」

 
 取り繕うようにプーカが笑顔を作る。

 
 いいえ、と首を振ると、プーカは満足したように部屋を掃除し始める。

 
 数日後には執事がやってくる。

 
 どうにかして、執事を私の目に触れないところに行かせよう。


 もう、怖い思いをするのは嫌だ。

 
 そして私なんかとはもう関わらないように――