なにも言えないでいるわたしに、敬郷先輩は申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめんね、名前で呼んでくれたからっていきなり後輩の女の子を名前呼びするのはまずかったかな。甲斐田さんのほうがいい?」
「桃のほうがいいですって言いな(小声)」
「え?あっ、も、桃のほうがいいです……!」
ぼんやりとしたまま、ほの空ちゃんの耳打ちするままに言ってしまった。
ちがうちがう!と頭を振るう。
髪の毛が当たったのか、顔を近寄せていたほの空ちゃんが「いてっ」と声をあげた。
ええと、ええっと……
「い、いろいろと拾っていただいてありがとうございました!敬郷せんぱ……ええと、これ、は。わたしのほうこそすみません、みんなが名前で呼んでるからわたしも敬郷先輩って呼ばせてもらってて、深い意味はないはないというか……って、それはそれで失礼ですよね。えっと、その、不快であれば遠慮なく言っていただいてもらったら今すぐ直、」
「相変わらず話が長いな、お前は」
アイドルの握手会で容赦なく剥がされるときの気持ちがわかった気がする。
さっきまで高まっていた気持ちが、すうっとしぼんでいくのがわかった。
「……愔俐先輩」
このときのわたしの顔、見たことないくらい敵意むき出しだったって。
のちにほの空ちゃんが教えてくれた。



