敬郷先輩が忌々しげに愔俐先輩を見やる。
「……いつの間に」
「心配性なもので。もうじきここは包囲されるだろう」
愔俐先輩はそこで一旦、言葉を止めた。
「……行け。今なら間に合う、かもしれない」
「嘘だ。もうすでに学校の外は警察だらけなんだろ」
「いや、本当に警察はまだ到着していない。裏口から出ろ。そのままどこか遠くへ行けばいい」
そしてもう二度とここへは戻ってくるな、と。
言外にはそんなひと言も含まれている気がした。
愔俐先輩の言葉に嘘がないことは、敬郷先輩にも伝わったんだろう。
ふ、と瞳の奥に諦めとも覚悟とも取れるものが滲んだ。
「甘いね、お前は」
「ケーキではないが」
「俺がフォークだと気付いてたなら、もっと早く行動するべきだった」
敬郷先輩の手からナイフが離れる。
人の命をも奪うそれは、カラン、と軽い音を鳴らして地面へと落ちた。
「俺たちは"友だち"なんだろ」
それは愔俐先輩にしては気さくな、まるで友人同士でする会話のような言い方だった。



