「────それでも」
完全に油断していた身体をベッドに沈められた。
ぎし、と軋むその音すら聴く余裕がなかったのは、昨日だけ。
「その気になればお前一人くらい、簡単にやれる」
「そ、れは……どういう意味で……」
するりとわたしの頬を撫でた長い指が。
くい、と弄ぶように顎を掬う。
「試してみるか?」
「ひ、けっこうです……っ」
力いっぱいその胸板を押し返す。
バクバクバクと狂ったように暴れる心臓。
飛び出さないように左胸をぎゅっと服の上から押さえながら、脱兎のごとく部屋から逃げ出した。
後ろから愔俐先輩の笑い声がした気がしたけど、それはきっと勘違いで本当はようやく静かになった部屋でコーヒータイムを再開しているんだろう。
「もぉ、も〜〜やだあの人ぉ……っ」
……訊きたかったこと、あったのに。
触れたその部分はいまだに熱をもっているように脈打っていた。
なんで、首のとこだけ、ガーゼしなかったんですか。
なんで、あの日──ぶつかってきたんですか。
わたしの前に、現れたんですか。
聞けない。ぜんぶ、全部。
ワインレッドの海に、落っこちた。



