逃げなきゃ。
そう思ったけど、足が地面に張り付いたように動かなくて。
どくん、どくんと体中を心音が支配する。
わたしよりもずっと高い位置にある視線がちらりと向けられた。
氷海を閉じ込めたような瞳。
そこにわたしが映ってる、と思ったときには。
「っ……!」
すでに腕を強引にひかれたあとだった。
簡単に縮まった距離、首筋をくすぐる感触。
時間にしたらほんの数秒の出来事だったのに、何時間にも感じられて。
気づいたときには、地面に座りこんでいた。
腰が抜けてしまっている。
そんなわたしを、鋭い双眸が見下ろしていた。
「お前、ケーキだな?」
「……フォーク」
心臓が、鳴り止まない。
ひさしぶりの感覚。
首をおさえていた自分の指先は、可哀想なくらいに震えていた。



