それだけではなくて,しっかりとした蘭華の腕に,私の腰は強く引き寄せられた。

抵抗する間もなく,蘭華の唇が私の唇すれすれの場所に触れる。

作戦か,マジか。

その瞬間に,賭けが始まっているのが聞こえた。

皆さっきからうるさいのよ……!

唇に当たって見えただろうか。

サムにもこれから逢いたいアンナにも。

合わせる顔がない。



「これくらいの演出があった方が,安全でしょ?」

「そう……」



なこと無かったわ!

無かったでしょう?

だって前は無かったもの。

何もなくても,噂が広まるだけで私は安全だった。

面白がってるだけだって,知ってるわ。



「そろそろ,戻りたい」

「そっか。うん,いいよ」



あっさりと手を離されて,逆に切ないような気もする。



「お休みなさい」



そう声をかけると



「うん。またね,凛々彩」



と清々しい笑顔が返ってきた。

また…?

確定しているみたいに返されて,私は首を捻る。

何の約束も無いのに…

もちろん私から会いに行く予定ではあったけど……

私は不思議に思いながらも背を向けて,大きな部屋を後にした。



『凛々彩,明日は夜にしか帰れないんだ。またね』

『出掛けてみる? 僕がいれば安全だから。行きたい地区があれば案内するよ』



変な,蘭華。

おかしな錯覚をする。

蘭華は蘭華。

でも,別な筈なのに。

何もかも忘れて,夢を見そうになる。

まだ,ここから。

何も始まってない。