私は蘭華の腕の中で硬直する。
近い。
それしか私の頭には無かった。
ふるふると唇が震える。
混乱が何よりも勝った。
「やめて,蘭華。アンナの言う通りよ,私に,私に触れないで!」
組織のトップに触るなとは,何事なんだろう。
サムすら目を飛び出す爆弾発言だった。
けれどそんなこと頭からすっぽ抜けている私は,ぐいぐいと蘭華の胸を押す。
落ちたってどうでもいい勢いだった。
怒りなのか悲しみなのかよく分からない感情で,とにかく蘭華を睨みつける。
蘭華はショックを受けたような顔をした。
私は悪くない。
悪いのは蘭華の方よ。
「だから言ったでしょう蘭坊っちゃん。聞くところによると,数日はお風呂に入れなかったんですよ。そんな状態で男の目に触れていいと,凛々彩に思えるとお思いですか?」
「…………でも僕は凛々彩がどんなでも変わらないし,凛々彩自身だって変わらずきれ…」
「それでも数々の女性を籠絡してきた東の支配者ですか? 笑われますよ。明日にして下さい」
えっと私は目を剥いた。
アンナ,そこ?
気にするのは本当にそこだけなの?
まさかその籠絡してきた数々の女性の中にも,わざわざ入浴を一緒に……
「アンナ……凛々彩の前で他の女の話をするなとあれ程……分かったよ,凛々彩。そこまで言うならここで待ってるから,ゆっくりしておいで。溺れたりしないように」
「流石に大丈夫よ。……多分?」
大丈夫,よね?
いくら心身ボロボロで久しぶりの入浴と言っても……
「……頼んだよ,アンナ」
「分かっていますとも。ほら,凛々彩。場所は分かるね? 着替えを持ってくるから,脱衣所で待ってておくれ」
大丈夫,のはずなんだけど……
私はいらない心配を掛けてしまったと,1人そっと反省した。
1人で歩く廊下は,綺麗な壁に触れてもまだ実感が少ない。
こんなものか,と。
私はマリアを待つ間,ベルトゥスとの日々や夜雅の事を考えた。



