『おまえ、俺のとこくる?』
私は忘れない。
ずっとずっと覚えている。
私を引き取る予定だった施設の職員に連れられて、親戚たちからも背中を押されて。
なかなか進まなかった重い足を引き留めてくれた、兄の声を。
『……やっぱり、俺がこいつと一緒に暮らすよ』
『はあ…?急になにを言い出すのよ。もう決まったことなんだから』
兄はこんな顔をしている人だったんだと、そのとき初めて思った。
それまで記憶にあった“お兄ちゃん”という存在は、すごく暗いなかで家に帰ってくるひと。
たまに帰ってくるだけで、ほとんど家にはいなかった。
私が小学校低学年あたりのときにはもう、家族よりも友達を優先させていたのが兄だ。
『一緒に暮らす、ですって?今まで好き勝手あそんで生きていたあなたに慶音ちゃんを育てられるはずないでしょう!』
『そうだぞ成海くん。…きみは危ない人たちとも関わりがあるみたいじゃないか』
『やめる、ぜんぶ切る。だから……俺から妹すらも奪わないで欲しいんだよ』



