用事が終わったらすぐに教室に戻るつもりだったのに、今日はいいかと諦めた。
緒方 志摩のこんな表情を今日になって初めて見たように、みんな見えないだけで何かを抱えている。
ただ、不思議なことはひとつだけ。
あの日以来、緒方 志摩を見ると天瀬 真幌が同時に浮かぶようになった。
そして天瀬を見ると、どういうわけかこの男を思い出すようになった。
「…いっぱい、名前を呼んであげればいいんですよ」
「え…?」
「そうすれば相手はぜったい嬉しいって感じますから」
楽しい話ができなくても、他愛ないお喋りができなくても、お互いにぎこちなくても。
それでも必ず1日に何回も何回も名前を呼んであげる。
呼ばれた側は「きみはここにいていいんだよ」って言われてるように感じるから。
兄ちゃんは最初の頃、泣いてばかりの私とそんなふうに関わってくれた。



