「そうだ兄ちゃん。今日は放課後の部活ないから帰りは───」
「慶音、忘れてる」
「え?」
胴着も持ったし、お弁当も持った。
忘れ物はないはずだと振り返った私の前、両手を広げてなにかを待っている兄。
「よし来い」
「…………」
「なーに。もしかして反抗期?」
「…………」
ちがう、反抗期じゃない。
今は咲良がいるから遠慮してしまうだけ。
「ごめんね咲良ちゃん。今日はこいつ、ちょっと照れてるみたい」
「ふふっ、慶音ちゃん大丈夫!わたし目つむってるから…!」
「だってさ慶音。ほら、おいでって」
すぐにぎゅうっと抱きついた。
おなじ柔軟剤が香るニットにぐりぐりと顔を埋める朝があっての、私の毎日。
「よしよし。今日も兄ちゃんはおまえの家族だよ」
「…うん」
お父さんとお母さんが居なくなってから、家を出る前はこうして抱きしめてくれることが日課だった。



