「────ありがとう緒方くん」



最後、背中を向けた俺にだけ特別な挨拶だった。


気づいてるんでしょ?
気づいたんだろ?

言わないでいてくれて、ありがとう。


俺には、そう聞こえるわけで。



「…お兄さん、マジ格好良すぎ」


「……兄ちゃん危ない。狙われてる気をつけて」


「ごめん緒方くん。俺ノーマルなんだよ」



それはもう抜かりない動きで兄の前に立っては、俺をこの上なく睨んでくる忠犬。

これが忠犬の正しい扱い方だよなあ…と、ここでもやっぱりお兄さんが羨ましくなる。



「金輪際兄ちゃんに近づくなクソ野郎」


「…慶ちゃん、友達になんてこと言うんだ。兄ちゃん怒るよさすがに」


「えっ、いやだって…、いてっっ!!」



微笑ましい兄妹を見つめながらも、遺影に写った穏やかな両親の表情を、なぜか思い出してしまう。


母親にはどこかお兄さんの面影があって、父親には慶音の面影がある。

けれど、逆同士はまったくと言っていいほど。


母親と慶音、父親とお兄さん。


代わりに見ておけばよかったと今になって後悔するとは。



アルバムを見つめていたときの、彼─お兄さん─の表情を。



常にあなたを俺の前に置くべきだと思いながら、夏の夕暮れ空を見上げた。