「は、はぁ、はぁはぁ」

 舌が抜かれたら、耳から垂れたよだれが首についた。

 母さんは俺の顎を掴んで、上にあげた。

 もしも俺が女で、母さんが二十代位の男性だったら、顎クイされた!なんて思ってテンションを上げていたんだろうか。いや、さすがにこれだけでテンションは上がらないか。

「ふ。いやらしいわね、万里」

「何言って」

 嫌な予感がした。これから言われるのはきっとひどいことだ。

「だってそうでしょ? ほんの少しの刺激で下半身を濡らして、肩で息をしてるんだから」

 鏡を見なくても、顔が赤くなっていることが分かった気がした。

 ズボンまで濡れているから言われたのかと思ったけれど、今下を向いて確認したらさらに指摘される気がしたから、必死で堪えた。

「母さん、お腹空いた」

「ああ、そうよね」

 そう言うと、母さんはポケットから鍵を取りだして俺の手錠を外した。

「ご飯はもうできてるわ、早く来てね」

 鍵をポケットにしまうと、母さんはそんなことを言って部屋を出ていった。鎖も手錠も回収されなかった。

「はぁ……」

 ドアが閉まると、俺はついため息を吐いた。

 柱に巻かれたままの鎖が、俺の身体と心を縛り付けているような気がする。

 何も見たくないと思って掛け布団を被って枕に顔を埋めたら、薔薇の香りが鼻腔を掠めた。母さんが使っている、洗濯剤の匂い。前に、父さんが買ってくれたって嬉しそうに話していたっけ。

 俺が父さんと暮らせるのは一体いつなんだ。

 怒りと悲しさがつのって、俺は思わず枕を放り投げた。

 俺は九重万里。高校一年生だ。

 俺の母さんは別に、人を監禁することが趣味なわけじゃない。けれど俺は十三歳の時から監禁され、母親に監視されている。

 母さんがさっきみたいに解放してくれるのは、学校に登校する日の朝から夕方までだけ。その時間だけ俺は自由を得ている。


 罪人なんかは四六時中閉じ込められているのだから、そういうのと比べたら俺はまだマシな方だ。

 学校から帰ってきたらすぐ風呂に入っているから、別に臭くもならないし。

 けれど、自分と同じ学校に通っている数百人の高校生と比べたら、俺の生活環境はきっと、とんでもなく悪い。

 自分のせいでこんな環境になったわけじゃない。全ては母親のせい。俺は何も悪くない。……そのハズなんだ。

 朝になると、俺はいつも三年前の記憶を思い出す。あの時から、母さんはずっと可笑しい。