手錠が嵌められている手首にはリストカットをしたかのような傷口があった。傷口から血が滲んでいる。手錠のつなぎ目には鎖が付いていて、それはどちらもベッドの柱に繋がれていた。左手首から伸びている鎖の先は手前側の柱に、右手首から伸びている鎖の先は奥側の柱に、三重に巻かれていた。どちらも南京錠が付いているから、腕をどんなに引っ張っても、鎖の長さが変わることはなかった。

 窓には面格子が取り付けられている。まるでアニメやドラマでよくある牢屋の窓みたいだな。

 部屋は四畳半だから、内装の大半をベッドが占めていた。枕元にはスマホとティッシュボックスがあった。

 またこの景色か。見慣れた景色に落胆して、ついため息が零れた。

 立ち上がって、窓の外にある楽園に目を向ける。駐車場に停っているリムジンの屋根は雪で真っ白になっていた。

 そういえば天気予報で、今日は神奈川でも雪が降る日だと言っていたっけ。

 下着とワイシャツと半ズボンしか履いていなかったから寒くて、鼻水が垂れた。

 枕の上に座りこんで、手の指先だけを器用に動かしてティッシュをとって、顔を拭く。

 ドンドンドン!と、まるで和太鼓を怒りを込めて叩いたかのような音が、ドアから聞こえた。

 ドアが開いていないのに、もう随分と聞き慣れていたからその音を聞いただけで、誰かわかった。

 嫌だ。会いたくない。

 力を込めて手を握ったら、濡れたティッシュが破けた。

「万里、起きてる?」

 ドアの前にある廊下から、母さんの声が聞こえた。

 肩が震えて、手足や首など、身体のあらゆるところから冷や汗が噴き出した。

「ああ」

「おはよう」

 ガチャりとドアノブを回して、母さんは俺の部屋に足を踏み入れた。

 母さんが足音を立てて、俺に近づく。

 母さんの三センチ以上ある紫色の爪と、ツヤツヤした茶色い髪が恐怖心を煽る。目尻が尖った猫目が悪魔のように見えた。

「いっ?」

 母さんは鎖を両手で掴むと、それを勢いよく引っ張った。腕が前に突き出される。手錠が動いて、傷口に当たった。枕に血が垂れた。

「おはよう、万里」

 耳たぶを噛まれた。

「ゔ。 ……おはようございます」

 俺が挨拶を返すと、母さんは直ぐに噛むのをやめた。

 無視は禁止なのかよ。いつも無視したくなるようなことしかしないくせに。

 心の中で毒づいたら、母さんに対する恐怖心がほんの少しだけなくなった。

 壁にあった時計と目が合う。母さんは短い針が左回りに一回回っても、唇を離さなかった。

「やっ、あぁ」

 なんで離さないのだろうと思っていたら耳たぶを舐められて、耳の穴に舌を入れられた。

 綿棒で耳掃除をしている時と同じように、中からものが回っている音がした。


 母さんの唾液で中が濡れていくのが分かった。震えが酷くなって、目を開けることも出来なくなった。

 ……今日はここなのか。

 悪寒がして、瞳から涙が出た。