しかし、努力は実らない。
セイの身体は階段の方へと離れて行くせいか、紗南の耳に入る声が段々遠く小さくなっていく。
10年前の冴木の侵入騒動の伝説だけを伝えられていた教師達は、これが境界線の猛威だと思い知らされる事に。
「お前の言葉に納得してねぇから……。お前が本心を曝け出すまでは、絶対諦めないからな…」
セイの声はじっくり耳をすませなければ聞こえなくなるほど、遠く小さく消えていった。
そして…。
これが、最後の肉声となってしまった。
ここで鼻をすすったら泣いてるのが人にバレちゃうから、唇を強く噛み締めて我慢をした。
瞳から流れた涙は頬に零したまま。
他の生徒達が教室に戻って来る前までに拭えばいいだろう。
いま理性を捨てて彼の元に向かえば、あの時に失ったもの全てを取り戻す事が出来たかもしれない。
今朝、彼の隣で『別れよっか』って、偽りの気持ちを口にしたけど……。
本当は、今この瞬間ですら一緒に幸せになりたいって思ってる。
私達の間にそびえ立つ障害が何もなければ、彼のところに真っしぐらに駆け寄って行って、『大好きだよ』って伝えたかった。
恋人になってから、まだ一度も気持ちを伝えていないのに、最後は気持ちを伝えられぬまま別れてしまった。
この世の中は残酷仕様だ。
決して思い通りになんてならない。
大事な何かを得るには、きっと大事な何かを先に捨てなければならないのだろう。