紗南は自ら気持ちを奮い立たせると、一発逆転の起死回生を試みる事にした。
上着のポケットに手を入れて、中に忍ばせている【勇気の飴】をギュッと握りしめる。
【勇気の飴】は、他人からすると何の変哲もないただの星型の飴。
でも、大事なのは見た目じゃなくて各々の心持ちだ。
今の自分には何の盾もないから、何か1つでも頼るものが欲しかったのかもしれない。
「彼の未来に私がいるかどうかは、私達の問題ですから」
「そうね。…でも、セイは貴方のせいで未来をダメにしようとしてるけど、それでも今と同じ答えが言える?」
紗南は気持ちを切り替えて反論したものの、冴木は常に1枚うわ手を行く。
「ダメになんて…」
「留学は貴方達2人の問題じゃない。今回のダンス留学は会社全体に纏わるものなの。それに、留学の件は世間に広く知れ渡った。半年前から準備を重ねて、あとは日本を出発する段階まで準備が整っていたのに、今度は延期どころかアメリカに行かないなんて言い出したら、この責任を一体どう取るつもりなの?」
1を言えば、10の返答が成される。
冴木は責任という言葉を利用し圧力をかけて、セイとの間にバリケードを張り巡らす。
それにより、負けたくない気持ちと、負けられない気持ちは足踏み状態になる。
「私…、そんなつもりじゃ」
「貴方がそんなつもりじゃなくても、セイは貴方のひと言で簡単に心が揺れてしまうの。だから貴方達を会わす事は出来ない」
「セイくんが私のひと言で簡単に心が揺れ動くなんて、話が極端過ぎませんか?」
「じゃあ、セイがあと2日後の飛行機に乗らなかったらどうするの?もし何か予想外のアクシデントが起こったら、貴方がセイの将来の責任を取ってくれるのね?」
力説する冴木の眼差しは真剣そのもの。
マイケル リーの代理人とレッスンの専属契約を交わし、語学学校やピアノ教室、それに新居から航空券の手配まで全て準備が整っている。
だから、あとはセイの気持ちが横道に逸れないように、軌道修正を行うのみだった。