「少し話過ぎました。とにかくちゃんと向き合ってお話しなさい」

 立ち上がりサッサッと音を立てながら部屋を出ようとする。私はどうにも納得がいかなくて、このままお母さんのことで月島家を恨んでわだかまりが残ったままいる状況をどうにかして変えてあげたかった。

「一哉さんは誤解してます。女将も彼とちゃんと向き合って真実を」
「母親というのは理想のままいてほしいものでしょう」

 しかし振り返った女将が当たり前のように言った言葉にギュッと胸が締め付けられた。

「それじゃあ女将が」

 なにもかも憎まれ役をひとりで背負いこむ気でいる。一哉さんにとっての母親の存在を汚さないために三十年もの間ずっと黙ってきたなんて彼を本当に大切に思っている証拠なのに、これでは女将の思いが報われない。

「私はどう思われても構いません。一華を追い込んだ責任は私にもあった。だからあの子をこの腕に抱いた日から守ろうと決めたのです」

 真っすぐと強い信念を持った言葉だった。

 一哉さんが帰ってきて女将とのことを心配そうに聞かれたが、何も話すことができなかった。三十年必死に守ってきた女将の思いを簡単に踏みにじるわけにはいかなくて、伝えたい気持ちをぐっとこらえた。

 明け方まだ眠っている一哉さんを起こさないようにそっと襖をあけ、隣の部屋にある鍵のかかった引き出しを開けた。

 大事に置かれた一枚の契約書を手に取り、三日後に迫った契約期間を見つめる。