三人は村の中を歩いていた。
 ドラコーンの村は貧しかった。人の数も多くない。中でも若い娘は少なかった。
 だからこそ、イディオスとティアの姿は目を引いた。
 イディオスは人嫌いで村にはめったに姿を現さなかったからだ。

「……あの、若い娘さんは少ないんですね」
「竜騎士関連の仕事以外はほとんどないからな。若い女は他の島へ働きに行き、そのまま帰らないことも多い。だからこそ、俺は歩きやすいがな」
「そうなんですね」

 ティアは物珍しそうに町中を観察している。

「あ、あの人は肩に猿を載せてるわ。こっちの人はリス、こっちは小鳥……。みんなすごく懐いてる」

 ドラコーン島では小動物を連れている人が多い。

「ああ、使役獣だな。エリシオンは動物を操るのが上手い国民性なんだ。だから皆、自分の使役獣を持っている。犬だったり、ネコだったり、馬だったりな」
「わぁ! 素敵! 私も持てるようになるかしら?」

 ティアが問えば、「ギュ!」とキュアノスが主張する。

「ティアにはキュアノスがいるだろう?」

 イディオスに笑われて、ティアはキュアノスを見た。
 拗ねたようにキュアノスはプンとそっぽを向く。

「え!? キュアノス? そうか、キュアノスは私の相棒だもんね!」

 ティアはキュアノスをギュッと抱きしめる。キュアノスは満足げに「キュアキュア」と鳴く。

「って言うことは、ホワイトドラゴンがイディオスの?」
「ああ、俺の相棒だ」
「ほかの竜騎士たちもみんなそうなんですか?」
「ほかの竜騎士は、必要があるときだけ乗せてもらう関係だな。ドラコーン以外にも聖獣の住む島もあるが、そちらにはそちらで聖獣騎士団の駐屯地がある。グリフォンのいる島や、ユニコーンのいる島もある」

 たしかに、様々な聖獣が力を貸してくれるなら、魔法や魔道具はそれほど重要ではないかもしれないとティアは思った。

「島によっていろいろなんですね。いつかほかの島にも行ってみたいなぁ」
「いつかつれていってやる」

 ティアはイディオスからエリシオンのことを聞きながら、村を歩いた。
 ふと目についた薬草屋を覗いてみる。ルタロス王国にいたころよりも品質が悪く、値段も高い。

「高いんですね」
「ああ、この土地はドラゴンの毒で穢され作物が育ちにくい。ほとんどの物をほかの領地から購入している。食べ物もみな高価だ。生きていくのも大変な土地だ」
 
 イディオスに教えられて村を見ると活気が少ない。若い女性が少ないからか、流行りのもはなく、伝統的なものか、機能重視の物が多かった。

 これでは、他の島に出た女性は戻らないだろう。このままでは、どんどん人口が減っていき、住みにくくなってしまう。
 ティアはなんとかしたいと思った。

「このまま若い女性が帰らなかったら、人口が減って村自体がなくなってしまいそうです……」
「そんなこと考えたこともなかったな。自分の暮らしやすさを優先していたが、若い女が戻りたくなる村にしなければ」
「イディオスは村が変わったら困りませんか?」
「いや、俺が慣れれば良いだけだ。どうせ、逃げ続けることはできないからな」

 イディオスは苦く笑う。

「そうだ。ティア、協力してくれないか?」
「なんでしょう」
「俺が女に慣れる訓練だ。理由はわからないがティアだけは平気なんだ。だから、お願いだ。そばにいさせてくれ」
「あ、はい。私はかまいません」

 イディオスの懇願にティアは飲まれ、頷いた。

 たしかに、のんびりだらだらするには、今のままでは暮らしにくいもん。イディオスが女性に慣れてくれて、女性も村に戻ってくれば少しは活気が出るはず。それには今からどうしたら良いか考えなきゃいけないけど。
 とりあえず、今は私ができることをしよう。イディオスに協力して……。あと、そうだ、土地をこっそり浄化しちゃおう! 人の領地で勝手なことするのは悪いことだけど、私、悪女だからいいよね?

 ティアは思い立ち、こっそりと自分の靴に浄化の魔法をかけた。
 地面を踏む度に、そこから土地が浄化されていく。ティアを中心にして、ジワジワと神聖力が村中に広がっていく。
 木々が輝き、草花が生命力に溢れはじめた。心なしか空気まで明るくなった気がした。

 ティアはクククとほくそ笑みながら、買い物をしつつ村中を浄化して歩く。

「新居にはなにが必要だ?」
「……食器とか、シーツとか? イディオスの好みはありますか?」
「ティアの好みそろえましょう?」
「あの、じゃ、リネンを扱うお店はありますか?」
「こっちだ」

 イディオスと一緒に、家財道具を選ぶ。
 おそろいの食器を買ってみたり、ブーツを作ってくれた靴屋にも顔を出した。
 
 村中を周りきり、こっそりと浄化が終わる。
 神聖力を使い切ったティアは、家に戻ってなにもない床にべったりと座り込んだ。
 今日、オーダーしたものは後日届けられるのだ。

「大丈夫か。俺の足が速かったか」
「違います! 張り切って疲れちゃっただけです」

 イディオスはかいがいしくティアの面倒を見る。
 ティアのためにマントを抜いて床に敷いてやり、買ってきた飲み物を手渡した。
 その姿は冷徹王子とは思えなかった。
 キュアノスはティアの背中に周り、背もたれになってくれる。

 カーテンもソファーも殺風景な部屋だ。
 それでもティアは嬉しかった。自分のための家は初めてだったからだ。
 グルリと見回し目を瞑る。
 今日注文した品々が家に入るのを想像する。
 イディオスの瞳色のソファーに、白いクッション。ベッドルームは落ち着くキュアノスの色。
 想像するだけでワクワクとして、幸せだ。

「ここが私のお家、私の帰る場所」

 ティアは噛みしめるように呟いた。初めて持った自分のための家である。

「キュア!」
「俺の家」

 キュアノスとイディオスもそれに続いて、みんなで笑いあう。
 なにもない部屋なのに、明るく温かい。

 なんだか、これって、まるで三人家族みたい。

 家族のいなかったティアは、とても幸せな気分になった。