「うわ、綺麗だな。宝石が載ってるみたいだ」
「ああ、ドラコーンにはこんなものはない」
「まるで、王宮のお茶会だ！」
ウキウキとしてクッキーを奪い合う竜騎士たちを見て、ティアは笑顔になった。
始めの頃は竜騎士たちを見て怯えていたティアだが、今ではすっかり馴染んでいる。
イディオスも理性では、ティアが竜の谷に慣れたことが良いことだとわかっている。だが、素直に喜びきれない胸のつかえがある。
イディオスはティアの籠を取り上げ、竜騎士たちのあいだに立ちはだかった。
「お前たちはティアに近寄るな。俺が配ります」
「ありがとうございます？」
唐突なイディオスの行動に、ティアは小首をかしげる。
ティアにだけ丁寧な言葉を使うイディオスを見て、竜騎士団の団員たちはニマニマと笑う。それだけイディオスが彼女を大事に思っていることがわかるからだ。
だからこそ煽るように、イディオスとは反対側からティアに話しかける。
「ティアちゃん！ クッキー美味しいよ」
「こんな綺麗な菓子、王宮でしか見たことない」
「そんな……簡単なんですよ。普通のクッキーを作って、真ん中をへこましたらコケモモのジャムを載せるだけなんです」
「ルタロスじゃ普通なのか？」
「ええ」
「ルタロスは旨いものが多いらしいからなぁ」
「じゃあ、またなにか作ってきますね！」
和気藹々と話す騎士団たちとティアの様子に、イディオスは焦燥感に駆られた。
「ティア！ 竜騎士たちは乱暴です。あまり近づかないで」
イディオスがそう言うと、周囲は一瞬静まりかえった。
プッと誰かが笑いを漏らす。
ラドンがイディオスの頭をワシッと掴んだ。
「お前が一番凶暴だろうが！」
「違いない！」
周囲が笑い、イディオスは不満げだ。
しかし、ラドンを始めとした騎士団たちは、表情を取り戻してきたイディオスの姿を見て嬉しく思っているのだ。
「さて、と。あんまりいじめちゃいけないな」
ラドンはそう言うと、イディオスの頭をワシャワシャと撫で回す。
イディオスは不機嫌な顔でラドンを睨み、手を払う。
「お嬢ちゃん、ちょうど良いところへ来た。あんたが住むのにちょうど良い家が整ったんだ。様子を見に行ってくれねぇか」
ラドンの言葉に、ティアはパッと顔を輝かせ、イディオスは反対に不安そう
な顔をした。
ティアが城から出て行くことを心配したのだ。
「そこの凶悪竜騎士を護衛につけていけよ。あと、足りないものは好きなように買って、俺のつけにしておけ」
「そんな、申し訳ないです」
「なに、気にすんな。ドラゴンの治療と、魔石や皮のことを考えたらこんなもんじゃぜんぜんたりん。領地ごと明け渡さなきゃなんねぇくらいの価値があるんだ。貰ってばっかりじゃ、俺のほうが心苦しいぜ」
ラドンが言えばイディオスはコクリと頷く。
騎士団たちや、その後ろに控えるドラゴンたちもコクコクと頷いた。
ティアは死を待つばかりだった古竜を癒やし、さらにそこから希少な魔石まで取りだしたのだ。
その魔石を、竜の谷のために使うべきだと惜しげもなくラドンに渡した。
感謝してもしきれないと、人だけではなくドラゴンをも含めた竜の谷のものすべてが思っていた。
「イディオス殿下も護衛として一緒に暮らすんだ、ちゃんとした家にしてくれよ」
ラドンはウインクをする。
「では、ありがたく甘えさせていただきます。本当にありがとうございます」
ティアは胸が締め付けられるように痛くなった。自分の働きが、周囲に感謝されるのを見て嬉しかったのだ。
大聖女だったころのティアは、周囲のために働くのは当たり前だった。
教会では、治療が成功すればその功績は神のものになり、失敗すればその責任はティアのものになった。
直接ティアに感謝を伝えられるものは貴族や豪商など裕福なものだけで、通常はあいだに教会が入った。そのため、ティアには市井の人々の声が届かなかったのだ。
「……嬉しいな」
「そんなに城から出るのが嬉しいのか」
イディオスの問いにティアはフルフルと頭を振った。
「いいえ。誰かの役に立つのって、こんなに嬉しいことなのね」
ティアが微笑むと、あたりが薔薇色に染まる。
フンワリと幸福感に満ちた空気が広がり、屈強な竜騎士たちも、ドラゴンたちもほんわかと口元が緩んだ。
「ティアが嬉しいなら、俺も嬉しい」
イディオスが微笑んで、竜騎士たちは息を呑む。
無表情のイディオスも綺麗だが、微笑むイディオスはそれ以上に美しかった。
「……なんにせよ、殿下の機嫌が良くなって良かったよ」
竜騎士のひとりがボソリと呟き、あたりは明るい笑いに包まれた。
