乙女の楽園の司祭は不機嫌だった。
 ティアに作らせ、自分名義で納めていたポーションのことが、今回のことで教団に明らかにされると焦っていた。

 きっと、あのクレス様の様子では、ポーションのことを教団に話すだろう。そして、どれだけティアが素晴らしいか伝えるに違いない。逆に私がどれだけ無能か笑いものにするだろう。
 それに、少し前の従順だったティアならともかく、今のティアなら教会へ行って、なにもかも話してしまうだろう。
 ティアに子供の面倒を見させていたことも。邪教の本を処分していなかったことも……。 

 司祭は頭を抱えた。すべてが明らかになれば、乙女の楽園から追い出され、司祭をクビになる。

 なんとかしないと、ティアのせいで、私の人生が狂わされてしまう!! あの悪女!!

 司祭の瞳が黒く濁る。

 そうだ、悪女だ。クレス様をたぶらかす悪女なんだ。だから、司祭としてあの子を追い出さなければ……。

 司祭はティアを陥れるべく、企みはじめた。

 まずは、先に除籍届を本山へ送っておこう。そうすればアイツはドロメナ教の保護を受けられなくなる。身寄りのないアイツは、聖女にも修道女にもなれない。

 司祭は嫌らしく笑った。



*****


 翌日。ティアは司祭に呼び出された。
 監禁部屋の邪教の本を始末するのだという。
 手伝ってほしいと頼まれ、ティアはそれに従った。
 それさえ終われば、午後は自由時間だと言われたからである。

 乙女の楽園の庭にたき火が用意されていた。
 この炎を神聖力で聖なる炎に変え、邪教の本を燃やすのだ。
 聖なる炎が不完全であれば、本は暴れ回り、延焼することもある。
 それなのに、子供たちが多くいる庭で焼こうとする司祭に、ティアは疑問を感じた。

「司祭様、ここで燃やして良いんですか?」
「はい、いいですよ。ティアが本をくべてください」

 司祭は高を括っていた。

 ティアにいくら神聖力があろうとも、聖女の勉強はしていないのだ。邪教の本の処分方法など知るわけがない。

 失敗させて、それを理由にここから追い出してしまえ!

 ティアはそんな悪意に気がつかず、炎をジッと見つめていた。
 どう見ても、聖なる炎ではない。

 司祭様は神聖力が弱いから……。きっと、聖なる炎を作り出せていないのに気がついていないのね。でも、指摘したら恥をかかせちゃう……。
 それに、邪教の本とは言え、焼いてしまうのは忍びないのよね。なんとかして、助けてあげたい。

 ティアはそう思い、たき火に向かって手をかざした。
 パチパチと炎が音を立て、青色に変わっていく。美しい聖なる炎になったのだ。
 そして、こっそりとその中に転移魔法を展開する。ティアのエプロンバッグに繋がる空間に、本を移転させるのだ。

 素知らぬ顔をして邪教の本を炎に投げ込む。
 本は青い炎に吸い込まれ、跡形もなく消えていった。

 その様子を見て、司祭はワナワナと唇を震わせた。

 おかしい。なんで邪教の本の処分方法を知ってるんだ! しかも、私ですら作れない聖なる炎をいとも簡単に。普通じゃない……。あり得ない……。……そら怖ろしい……。

「司祭様、これだけで良いですか?」

 ティアは屈託なく尋ねる。
 司祭はティアのことを化け物を見るような目で見た。
 ブルブルと体が震える。
 圧倒的な強者を前にして、本能が危険信号を出している。

 排除しなければ! 怖ろしいことになる!

「出ていけ!! 悪女!! 邪教の使い!!」

 司祭が怒鳴り、ティアは驚いた。
 ティアには司祭が黒いオーラに包まれて見えた。神聖力が邪悪な感情に穢されているのだ。

「……司祭様?」
「おかしいだろう! なんで聖なる炎が出せるのだ! なにも知らないくせに、なぜ聖女の御業が行える!? なにかおかしなことをしたに違いない! 邪神と契約をしたのだろう!! この悪女!!」

 司祭から突風が巻き起こった。
 罵る司祭の魔力が暴走する。嫉妬と恐れの入り交じり、どす黒くなったその魔力は、もはや神聖力ではなかった。

 たき火が風に煽られ、火の粉が舞う。黒い魔力と青い聖なる炎がぶつかり合い爆ぜた。 
 その衝撃で、司祭の魔力が混じった赤黒い火の粉が、乾いた草に落ちて焼け広がる。

「止めてください! 司祭様!! 乙女の楽園が燃えてしまう!!」
「全部、全部、お前のせいだ! ティア! お前は除籍だ! 出て行け! 出て行け!」

 言葉に我を失った司祭が手を振ると、黒い風が火のついた草を巻き上げた。

「きゃぁぁぁ!!」

 子供たちが逃げ惑う。修道女が子供たちを庇い避難させる。

「っ! 先に火を消さないと!!」

 ティアは司祭と話し合うことを諦め、消火しようとした。まずはたき火を普通の炎に変える。聖なる炎は火力が強いのだ。そして鎮火させようとする。
 しかし、神聖力を使っているあいだに、赤黒い炎が次々と枯れ草に移っていく。

 どうしよう。神聖力だけだと間に合わない! 水がほしい! でも、井戸の水じゃ間に合わない。
 どうしたら。そうだ!! キュアノス! あの子は水系の魔法が使えるって言ってた!

 ティアは白樺の結界を破った。そして、エプロンバッグからドラゴンの角笛をとりだし吹く。
 人には聞こえない音が、ドラゴンを呼び寄せる。

「キュアノス! 水を運んできて!!」

 ティアが叫ぶ。

 すると程なくして乙女の楽園の空が陰った。
 上を見ると大きくなったキュアノスが旋回している。しかも、ホワイトドラゴンとイディオスまで一緒に現れた。
 二体のドラゴンと、美しい竜騎士の登場に、司祭はあんぐりと口を開けた。

「キュアノス! この火に水をかけて!!」

 ティアが叫ぶと、キュアノスとホワイトドラゴンは口から大量の水を吐き出した。

「慈悲の雨!!」

 その水に神聖力を付与する。

 ドラゴンたちの運んだ水は、聖水となり雨のように降り注いだ。
 聖水の雨を受け、赤黒い炎が消えていく。
 あたりはシンと静まりかえった。