「その直後だった。ドワイヤン公国が同盟を結んでいたはずの国々に攻め込まれたのは」

 レイの表情が曇った。

 そういえば、祖国が滅んだあとのことははっきりと覚えているけれど、それ以前のことはほとんど覚えていない。

 覚えているのは、素敵な庭園をお父様やお母様といっしょに散歩したくらいね。

 小説によくあるように、すべてを失ったショックで記憶が抜け落ちてしまっているのかもしれない。

 そうね。わたしってば、キュートでやさしくってだれもが褒め称えるような、そんな少女だったのよ。

「きみは、生意気な少女だった」
「な、なんですって?嘘よ。わたしが覚えていないからって、でたらめを言わないで」

 レイったら、わたしの想像をぶち壊すようなことを言わないでほしいわ。っていうか、誹謗中傷よ。

「ああ、たしかに。きみは、玉座にいるわたしに息子たちを指さして言い放ったんだ。『なんて軟弱な王子たちなの』、とな」
「なんですって?国王陛下に?このわたしが?」

 わたしって、いったいどんな子どもだったの?

 正直、記憶がなくなっていてよかったかも。

「きみは、おれたちを森に連れて行った。それから、さっさと木によじ登ってからおれたちを見下ろし、バカにしたんだ。おれたちは、きみに散々バカにされて泣いたよ。その後、無理やり木に登らされて降りられなくなった。が、きみは枝からさっそうと飛び降り、とっととどこかに行ってしまった。枝上で泣き叫ぶおれたちをほったらかしにしてね」
「レイ、もういいわ。やめて。過去のことでしょう?」

 もうたくさんよ。彼ったら、ぜったいに捏造しているわ。

 盛りまくっているのよ。

 そのとき、偽王太子と目が合った。

「怖ろしい少女だった」

 すると、偽王太子が口中でつぶやくように言った。

「だまって。あなたに言われたくないわ」

 ピシャリと言ってしまった。

「それまで、きみのような少女に出会ったことがなかった。それがなぜか新鮮だった。それに、きみの食いっぷりが素晴らしくてね。おれたちが庭園で育てていたトマトを、許可もなくもいでかぶりついたんだ。『水っぽいわね』って言いながらも、美味しそうに食っていたよ。それも、熟れて美味そうなものばかりを六つも。おれたちが食うのを楽しみにしていたのに」
「レイ、もうやめてって言っているでしょう」

 レイは、すぐに口を閉じた。

 もしかして、そのことを非難したいが為にわたしをフェーブル帝国から奪い取ったわけ?

 そんなふうに邪推してしまった。

「噂のきみは、きみが演じていたのかもしれないな。いまのが本性かも」
「だから、だまってよ。しつこいわよ、レイ」

 ったくもう。

 気分を害したわ。

 せっかくの再会が、とんでもない断罪の場になってしまったじゃない。

 そのタイミングで、階上でドタバタと音がしはじめた。

 そして、軍服姿の軍人や近衛兵が現れた。

「覚えていろ、レイモンド!おまえが悪いんだ。おれからすべてを奪いやがって。おれの方が優秀だ。そのことを、ぜったいに知らしめてやる」

 偽王太子は、そんな強がりを叫び続けている。

 残念ながら、彼にそのチャンスはない。

 おそらく、毒を飲まされることになるでしょうから。

 彼は、さっさと引っ立てられてしまった。