そうだわ。こんなふうにウジウジいじいじ悩むくらいだったら、いっそ彼のところに行ってみよう。彼に会うことが出来れば、お礼を言ってからまた食物を恵んでもらえばいい。じゃなかったわ、彼に尋ねてみよう。

 彼が教えてくれるかどうかは別にして、とりあえず話だけでもしてみたい。

 これは小説じゃない。現実である。

 レイという人物が何者でどうして命を狙われているのか、あれこれ推理しても仕方がない。それこそ、彼がほんとうに殺されてしまうかもしれないし。

 念のため、彼がいないかもしれないことを予測し、彼宛に手紙を書いておくことにした。

 もちろん、共通語を使って。

 何度か書き損じたけど、そんなに時間をかけることなく書き上げた。

 バスケットの底に手紙を入れ、最初にかけてあった布でそれを隠した。その上に図書室から失敬している、もとい借りている本を三冊入れておいた。

 もしもだれかに咎められれば、月明かりの下で本を読みたいから森か東屋に行くと言えばいい。

 まぁかなり苦しい言い訳だけど、何もないよりかはマシよね。

 廊下側の扉をそっと開けた。

 人の気配はない。

 それどころか、灯りすらない。

 わたしには、灯りすらもったいないとでもいうのかしらね?

 目が慣れてきたタイミングで、扉から廊下へとすべりでた。室内の灯りはそのままにしておいた。とはいえ、ランプ一つ分の灯りだけど。

 音を立てずに廊下を駆け抜け、庭園から森へと向かった。

 幸運にも、見回りの近衛兵にすら会わなかった。

 さて、と。

 バラ園を通りながら、最初に彼に会ったときのことを思い出す。

 あれからしばらく経っている。あの崩れかかっているレンガの屋敷からの帰り、どこをどう進めばいいのか、木々や石など目印になるものを教えてもらった。

 覚えているかしら。

 正直、自信がない。

 行くときには、襲撃者たちの仲間から逃げていた。その為もあったのか、森の中をずいぶんとグルグルまわった気がする。
 もしかすると、わたしの気のせいかもしれないけれど。

 襲撃者たちに襲われていたレイに出会ったバラ園の小屋の前を通り、森へと入ってゆく。記憶の糸を必死に手繰り寄せつつ、森の中の道なき道を進んで行く。

 すると、ほどなくして目印に行きあたった。

 いい感じじゃない。やるわね、わたし。

 自画自賛しつつ、足を動かし続ける。

 幾つかの目印を確認し、順調に進む。
 目印を見つけるごとに、彼に会えるかもしれないという実感がわいてくる。

 彼に会える……。

 いいえ。彼に会いたい……。

 そんな感情を抱いていることに、自分でも驚いてしまった。

 何をかんがえているの?何を思っているの?

 何を期待しているの?

 わたしの他人(ひと)に対する信頼や期待や愛情は、とっくの昔になくなった。

 その昔、ドワイヤン王国が同盟国に攻め入られ、負けたその日から。