「殿下、不躾な視線だわ。ボロボロの服がそんなにめずらしいのかしら?失礼、こんな恰好で不快な思いをさせてしまったわね。なにせ寝込みを襲われたものだから、着替える暇もなかったの」

 いやらしい笑みを浮かべつつ、自分では嫌味を言ったつもりである。

 着替える暇もないっていうよりかは、まともな服がないから着替えたって見栄えはおなじだけど。

 わたしに嫌味を投げつけられても、彼の無表情さに変化はない。

 なんなの?
 さすがは「氷竜の貴公子」、と呼ばれるだけのことはあるわね。

 冷たい感じが半端じゃないわ。

「なぜそんなボロボロのシャツやズボンを着用している?」

 驚いた。彼は、そんなことを尋ねてきた。

「なにせ「戦利品妻」にすぎない存在で、契約妻にすらなれない女ですからね。つまり、買うお金がないのよ」

 情けない理由だけど、ムダにエラソーに胸を張って言ってみた。

 すこしは凄い理由みたいにきこえたかしら?

「なるほど。わかった」

 彼は一つうなずいた。

「理解した」
「はああああ?」

 もうううううっ!

 ほんと、いちいちムカつくのよ。

 傲慢だしオレ様だし、いったい何様?

 あ、ベシエール王国の王太子だったわね。

 自分で自分にツッコんでいる間に、彼は踵を返して歩きはじめた。扉へ向かって、である。

「ちょっ……」

 唖然としてしまった。

 わたしが固まっている中、彼はそのまま扉を開けて廊下へ出た。

 そして、(それ)はゆっくり静かに閉じられた。

 はいいいい?

 いったいなに?
 
 わたしってば、彼の生霊でも見ていた?たったいまの訪問は、気のせいだったの?それとも、わたしは寝とぼけているの?

 いまのが実物だったとして、わたしに何の用事だったの?
 っていうか、そもそも何か用事があったわけ?

 それにしても、ほんっとにムカつく男ね。

 閉ざされた扉に向かって、親指を下に向けてしまった。


 その数日後、レリアが部屋の入り口に幾つもの箱を積んでいた。

 一瞬、危険物か何かかと身構えたが、そうではなかった。

 ドレスやシャツやブラウス、ズボンやスカートだった。それから、靴もあった。

 王太子から?
 夫であるはずの彼から、一応妻であるはずのわたしへの贈り物?

 ふーん。

 シンプルに驚いた。意外だと思った。

 が、残念なことにどれもこれもサイズが合わなかった。着用しようと思ったら、ほとんどが手直ししなければならない。

 靴にいたっては、ガバガバかきつきつだった。

 ガバガバは、何かを詰めればいいかもしれない。だけど、きつきつはどうしようもない。まさか、足の肉を削るわけにもいかないし。

 結論。

 これらは贈り物ではなく、嫌がらせのアイテムというわけね。

 その日から、夜なべ仕事が続いた。

 あー、もうっ。

 地味な嫌がらせはやめていただきたいわ。