「きみは戦利品にすぎない。物や土地、地位や勲章と同じだ。そういうものを愛することはない。そうだろう?側に置くことはあってもね。きみは、あくまでもそういう存在だ。ぜったいに愛することのない妻、というわけだ。表向きは、契約婚とか契約妻と思われるだろう。だが、実際はそれすらならない。もう一度言う。きみは戦利品だ。それをけっして忘れるな。それ以外は、好きにするがいい」
「承知いたしました」

 一度も視線を合わせなかった。それ以前に、階段の踊り場と一階と、わたしたちには距離がありすぎた。

 形だけの婚儀の後、たまたま会ったのである。

 夫であるはずの彼のことを、美貌だなって思う暇もなかった。

 彼は、わたしに一方的に告げた。これまでも同じようなことがなかったわけじゃない。まぁ、さすがにこんなタイミングというのは早すぎるけれど。

 反射的というか諦めというか、彼が告げたことに対して即座に了承した。

 だって、そうするしかないでしょう?

 無言で見守る中、彼はムダに恰好をつけつつ階段を上がって行った。

 どうやら、彼はわたしの名前すら知らないみたい。

 とはいえ、わたしも彼がレイモンド・ロランという名で、このベシエール王国の王太子ということくらいしか知らないんだけど。それから、「氷竜の剣士」という異名を持つ将軍ということもきいたかしら。

 そんなのって、まるで子ども向けのお話に出てくるような人物よね。

 おざなりの婚儀の後のパーティーの参加者に将校っぽい人たちがまじっていたのは、彼が将軍だからなのね。

 それはともかく、彼がわたしを知らないのは当然よね。

 だって、わたしは「戦利品」にすぎないんですもの。

 わたしは、また居場所を失くしたわ。

 このベシエール王国に移動させられた翌日に。

 妻や婚約者としていろんな国をたらいまわしにされ、行きついたこのベシエール王国でも、わたしは必要とされないお飾り妻。

 いいえ。今回ばかりは、お飾りにすらならないみたい。

 慣れているとはいえ、やはりきついわよね。

 与えられた部屋は、これまで見てきた部屋の中で一番広いわ。だけど、他と同じでただの部屋ね。

 部屋の中央に天蓋付きの大きな寝台が設置してある。テラスへと続くガラス扉があり、大きなテラスには金属製の丸テーブルと二脚の椅子が置いている。
 ローテーブルをはさんで二脚の長椅子、執務机に椅子、部屋の片隅にはチェストがある。
 二つある扉の向こう側にはクローゼット、もう一つの扉の向こう側は浴室になっている。

 この部屋が、わたしの唯一の居場所になるのね。

 あたたかみのない殺風景な室内を見回してみた。

 それから、寝台にお尻をのっけてみた。

 マットレスの弾力は抜群ね。フカフカの布団に枕やクッションもある。

 今回は、どの位ここですごせるのかしら?

 だけど、このベシエール王国はこの辺りの国々の中では最強ときいている。だったら、戦争に負けるということはないでしょう。もしかすると、これ以上「戦利品」として他の国にまわされることはないのかしら?

 だとしても、それはそれで大変かもしれないわね。

 だって、ここに来てまだ二日間なのに、この二日間で見た人すべて、わたしに対して冷たいんですもの。

 というよりかは、敵であるかのように睨みつけてくるし……。

 わたしの専属らしい侍女ですら、めったに姿を見せない。

 まぁそれは、ここでも必要とされていないからよね。存在を認められていないからよね。

 寝台の上に寝転がってみた。

 底のすり減った靴のままだったので、足を振りわしてポイと脱ぎすてた。

 それをいうなら、ボロボロヨレヨレのドレスを着たままだわ。

 戦利品としてどこかの国にまわされたとき、たまたまだれかのお下がりか遺品かを譲ってもらった。それを修繕しながら着用している。そういうドレスを三着と、普段着にしているブラウスとスカートとズボンを数着ずつ持っているので、いまのところ真っ裸ですごすことだけは免れている。

 ただそれにも限界がある。すでに生地はテカテカ光っているし、こすれてスケスケになりつつある。さらには、破けたり取れたりするたびに縫ったりつないだりしているので、どんどんサイズが小さくなっていっている。

 そうね。そんなことも、なるようになるわよね。