顔を上げると黒須が立ってた。
 
蛍光灯に照らされた表情はバーの青い照明で見た時よりもよく見える。
穏やかな笑みを浮かべる口元、通った鼻筋、まつ毛の長い二重の目。
前髪をあげ、額を出した髪形はスーツによく似合ってる。

黒いスーツの上着の下は濃いグレーのワイシャツを着てて、ネクタイはしていない。ベストも着てなかった。

大学で見た時は白いワイシャツでベストも着てて、ネクタイもしめてた。
そんな違いがわかってしまうぐらい、いつも黒須を見てる。
つくづくそんな自分が嫌になる。

「何?僕の顔に何かついてる?」

人を煙に巻くようないつもの笑みを浮かべながら黒須が言った。

「なんでいるの?」

黒須から視線を外して、黄色い点字ブロックに視線を落とした。
彼の顔を見て冷静でいられない。

「体調が悪いって聞いたから心配になって」

若菜たちに聞いたんだ。

「あなたの顔を見たから気分が悪くなったんです」

黒須のクスリと笑う声が耳の奥を撫でるように響いた。

「相変わらず、僕が嫌いだね」
「大嫌い。あなたと結婚さえしなかったら姉はあんな事にはならなかった」

怒りと悔しさが込みあがる。
これ以上は言うべきできないと思うけど、止まらない。

「あなたと結婚したから美香ちゃんは死んだのよ」

美香ちゃんの葬儀でも同じ事を言った。

美香ちゃんは黒須と結婚して二年も経たない内に亡くなった。
まだ25才だった。

ニューヨークになんて住んでなかったら、美香ちゃんは強盗に遭う事なんてなかったはずだ。

「あなたが美香を殺したのよ!」

感情のまま叫んだ。
その場にいた人たちの視線を感じる。
公共の場で言う事ではないとわかってるけど止まらない。

「あなたが殺したのよ!!」

美香ちゃんを想うと、そう叫ばずにはいられなかった。