大嫌いの先にあるもの

「一人で食べるなんて寂しいから付き合ってくれないか?」

黒須が形のいい唇の端を少しあげて、弱々しく微笑む。
それが毒のように私の中に回って、鼓動が早くなる。
この場から早く逃げないと毒に侵されて、みんなみたいに黒須に魅了される。

悪魔に魂を持っていかれるもんか。
私は黒須が大嫌いなんだから。
どんなに寂しくて優しい目をしてても嫌いなんだから……。

「し、仕事がありますから。あの、腕を放して下さい」
「座ってくれなきゃ放さない」
意地悪するように黒須が言った。
「いじめないで」
「いじめてないよ。春音と食事がしたいだけだ。嫌な想いはさせないから。それとも業務命令だって言った方がいい?」

じっと見つめられ頬が熱い。
どうしちゃったんだろう。すぐに気持ちが弱くなる。
大嫌いなんだから……。

そう思うのにやっぱり寂しい目に捕まる。
どうして今夜はそんなに寂しそうなの?
いつも沢山の人に囲まれてて、人気があって、孤独って言葉が似合わない人なのに。

「仕事なら付き合います」

精一杯の強がり。
本当は寂しそうな黒須が心配だった。

「じゃあ、業務命令。座って」

覚悟を決めて椅子に座った。
腕を掴んでいた黒須の手が離れる。
 
これは仕事。黒須の事なんか何とも思ってないんだから。
必死でそう自分に言い聞かせる。

心を持っていかれそうで怖かった。