大嫌いの先にあるもの

「何言ってるのって思ってるでしょ?」

滝本さんがこっちを見た。

「はい。訳がわかりません」

「人間ってのは素直じゃないのよ。特に好きな相手に対しては気持ちがこんがらがってしまう事があるの」

「私はあんな奴、1ミリも好きではありませんから」

「嫌いも好きの内って言うのよ」

「違いますって」

「だって、会っただけで不愉快になるぐらい気にしてるじゃない」

「ただ単に嫌いだからです」

「恋愛感情があるからそう思うと思うんだけどな」

「れ、恋愛感情って。滝本さん、恋愛映画の見過ぎですから」

黒須に対して、そんな感情ある訳ない。

「ありえないですよ」

あまりにも可笑しくて笑った。

「そうかな。恋愛映画でよくあるパターンなんだけど」

「現実と映画は違うんです」

「ねえ、思い出してみて。元旦那さんに初めて会った時、どんな感情を持ったか」

「初めて会った時ですか」

「その時、嫌いだとは思わなかったでしょ?」

「まあ、そうですけど」

美香ちゃんを見る目が優しそうだった。
私を見る時も大事そうに見てくれた。

真っすぐな黒い瞳はいろんな事を知ってそうで、堂々としてて、大人の男の人って感じがした。

家政婦さんを入れて女四人で暮らす家には男の人の気配がなかったから、見つめられて物凄く緊張した。

「素敵な人だなって思ったりしたんじゃないの?」

滝本さんの言葉に頷いた。
確かにそう思った。

「やっぱり、今の嫌いは好きの裏返しよ」

「ち、違いますよ」

急に頬が熱くなる。
胸も苦しい。
黒須に恋愛感情なんてありえないのに。