黒須が教壇から、学生たちを落ち着かせるように満席の教室内を見回すと、その視線でキャーキャー騒いでいた女の子たちが静かになる。

一瞬だけ、黒須がこちらに視線を留めた気がする。

私に気づいたの?

いや、まさか、ありえない。

400人の学生がいるのだから、気づくはずない。
一番後ろの席だし、偶々、視線が合ったように感じただけだ。

そう思うのに、気まずくなって顔を上げられない。
顔全体が熱い。脇の下も、背中も……。
なんでこんなに追い詰められるんだろう。
何を意識してるんだろう。
黒須は私なんて見てないのに。

そうよ。黒須は私なんか見てない。
落ち着け。大丈夫。講義をちゃんと聞かなきゃ。ノートを取らなきゃ。
勉強しに来てるんだから。

講義は始まっている。
低くしっかりした黒須の声がマイク越しに響き、前回までの講義のおさらいをしていた。

黒須の講義はわかりやく丁寧だった。
専門的な用語はあまり使わず、具体的な事例を挙げて説明してくれる。

「そこの君」

すぐそばでマイクを通した黒須の声がした。

「えっ」

顔を上げるとバッチリと黒須と視線が合う。
いつの間にか黒須は教壇から離れて、私の席の近くまで来ていた。