大嫌いの先にあるもの

「困らせないでよ。もうっ、黒須は会って早々、無理な事ばっかり言うんだから。わかるでしょ。病室の外には怖そうな警察官が立っているし、ロペス捜査官も、相沢さんもいるし……そんな状況で、できる訳ないでしょ!」

黒須の顔を見ると、急にあたふたしたような表情を浮かべ、右手で私の肩を掴むとぎゅって抱きしめられた。鼻先が黒須の首筋に当たって、何だかいい匂いがする。

「可愛くて堪らないってこういう事、言うんだな」

すぐ耳元で感激したような黒須の声がした。

「今、キュンとした」

私の何にキュんとしたんだろうか。

「春音はいつも僕の言った事に対して、真剣に受けとめてくれるんだな」
「やっぱり冗談だったの?」

黒須から離れて、顔を見ると、憎らしい程素敵な笑みを浮かべた。
困る。そんな顔されたら、これ以上文句が言えないじゃない。

「半分は本気かな」

クスクスと笑った黒須からはどこまでが本気だったのかわからない。

「春音に会えて嬉しいな。もう会えないかと思ったよ」

しんみりとした声で黒須が言った。
黒須が行方不明になったと聞いてからのこの五日間、生きた心地がしなかった。

「無事に帰って来てって言ったのに」

じんわりとまた涙が滲んだ。

「ごめん。心配かけたね」

黒須が右手の人差し指で涙を拭ってくれる。

「本当に心配したよ。美香ちゃんの事件の事、内緒にするなんて酷いよ」
「春音に余計な心配かけたくなかったんだよ」
「そんな気遣い、いらないから。どうしておばあちゃんに認めてもらう為だって言ってくれなかったの?内緒にしてまで事件を調べに行くから、私、黒須が一番好きなのは美香ちゃんで、その次が私なんだって、僻んじゃったよ」

黒須がハッとしたように息を飲んだ。