「黒須さん、それでどうして今日は春音さんに会いに行ったの?」

美香の死から逸らすようにドクターに聞かれる。

「昨夜、駅で春音と別れた後、ぼんやりとホームにいたら、彼女が地下鉄を乗り換えて引き返して来たのが見えたんだ」

「それはいい兆候ね。で、会って話したの?」

「隠れて春音を見てた。明らかに僕を探してるようだった」

「なんで隠れたの?」

「合わせる顔がないと思ったんだ」

「せっかくあなたの為に戻って来たのに?」

「だからそう思って今日バイト先まで会いに行った。それで駅で引き返した事を聞いたら、いきなり泣き出して」

「なるほどね」

「ドクター、なんで春音は泣いたんだ?泣く程、僕が嫌なのか?」

「それもあるかもしれないけど、あなたの事が気になってるのかもしれない」

春音が僕を気にしてる……。
思いがけなかった。

「じゃあ、僕たちの関係は修復できるのか?」

春音との関係を修復したかった。
美香と約束した事があったから。

だが、春音との関係は最悪で憎まれてる。

「少しずつ話し合う場を設ける事ができれば、できるかもしれない。春音さんも20才になったし。いろいろ理解してくれるようになるんじゃないかな」

ドクターの言葉に救われる。
よし、この後、春音に電話しよう。番号は春音の友達から昨日聞いたし。

「でもね、いきなり距離を詰めるのはダメよ」

釘をさすようにドクターはまつ毛の長い瞳を向けた。 

「なぜ?僕はじっくりと時間をかけて来た。春音の大学の講師になって一年だが、ドクターのアドバイス通り、キャンパスで見かけてもこちらから話しかけるような事はしてない」

「それは本当によく出来たと思う。でもね、だからこそ、ここは慎重になった方がいい。せっかく春音さんの心のドアが開きかけてるんだから、こじ開けるような事はしない方がいいと思う」

「じゃあ、僕はいつになったら美香の死を乗り越えられるんだ!春音との仲を改善する事が美香の死を乗り越える事になるんじゃないのか!」

ドクターが静かにこっちを見る。
まるで子供を宥めるような視線。
何も言わないのはこちらを冷静にさせる為だ。
 
小さく息をついた。

「わかった。急接近はしないし、春音が嫌がるような事は避ける」

「それでいいのよ」
ドクターが母親みたいな笑みを浮かべた。