大嫌いの先にあるもの

そういえば黒須、スーツは銀座のテーラーで作ってもらうって言っていたよな。六本木と銀座はそんなに離れていないし……。

どうしよう。本当にばったり会ってしまったら。

「春音ちゃん、何か心配ごと?」
左隣を歩く奏太さんに聞かれた。

「あの、手を握るのは……その」
「嫌だった?」
奏太さんが雨の日に捨てられた子犬みたいな表情を浮かべた。
その表情、反則だ。嫌って言いづらいよ。

「嫌と言うか、その……、歩きづらくないですか?私、着物だから歩くの遅いし」
「全然」
奏太さんがニコッとした。
その笑顔にやっぱり何も言えなくなる。

「それに人が多いから、迷子になりそうでしょ」
確かに、通りはカップルとか、家族連れとか、外国人観光客が沢山歩いている。迷子になりそうというのはあるかも。

「僕たち連絡先もまだ交換していないし、はぐれたら厄介だよ。それとも連絡先交換しておく?」
奏太さんとこれ以上のつながりが出来るのは避けたい。

「い、いえ。あの、このままで」
奏太さんがまたニコッとして、歩き出した。

よく考えたら黒須とバッタリ会う事なんてないよね。今日は家で大学の講義の準備をするって言っていたし、銀座に来る事はないんだった。 

心配し過ぎだよね。
お見合いを内緒にした事が後ろめたいのかな。今日はレンタル店でバイトって嘘もついちゃったし……。

黒須を心配させたくなかったから内緒にしたけど、正直に言っておいた方が良かったかも。隠し事はやっぱりよくないな。

今夜、黒須に会ったら正直にお見合いの事打ち明けよう。

「春音ちゃん、アクセサリーは好き?」
ティファニーの前まで来ると、奏太さんが立ち止まった。