ホテルの1階に入ってるフランス料理のレストランに来ると、お父さんがタキシードのウェイターさんに「予約した速水ですが」と口にした。

改めてお父さんと苗字が違うんだと思った。
今日は相手の方に速水さんって呼ばれるのかな。ちゃんと反応できるかな。

「春音、どうした?」
ぼんやり考えごとをしていたら、いつの間にかウェイターさんとお父さんが店の奥に進んでいた。慌ててついていく。

案内してもらったのは六人掛けのテーブルがある豪華な雰囲気の個室。
お見合い相手の席は3人分のセッティングがされている。向こうは両親揃って来るって事かな。

こっちはお父さんと2人だけ。なんか心細い。おばあちゃんにも同席してもらえば良かったかな。

ウェイターさんに椅子を引いてもらい、ゆっくりと腰を下ろした。

「春音、今日はありがとうな」
ウェイターさんが出ていくと、右隣に座ったお父さんがしみじみとした感じで言った。
目尻に浮かんだ眼鏡の奥の皺が一層、優しそうに見える。

お父さんには二ヶ月ぶりに会った。

「お母さんは今日の事、なんか言っていたか」
「お母さんには言ってないよ」

「言ってないのか?大丈夫か?」
「大丈夫だよ。お母さん、私に興味ないもん」

「そんな事ないだろ」
「今は恋人の事で頭がいっぱいなんじゃない。なんか同棲始めたらしいよ。お母さんと一緒に暮らさないで済んで、こっちはいいけど」

「相変わらず春音はお母さん苦手なんだな」
「だって一緒に暮らしていたの3歳までだよ。私を育ててくれたのはおばあちゃんだもの。だから全然、親っていう感じしないの」
「春音にはいつも苦労かけてすまんな」
お父さんが申し訳なさそうに黒眉を寄せた。

いつもの謝罪が少し鬱陶しい。謝られると、私の事を不幸だとお父さんが思っているって感じる。なんか勝手に不幸だって決められて腹立つんだよね。
かと言って、偶にしか会わないから、そういう事も言いづらい……。

「お父さん、今日会う方って、どんな人?」
 こういう時は話題を変えるのが一番。

「取引先の社長の息子さんなんだよね。会社ってどんな会社なの?」