「証拠ならあるよ」

懐疑的な私の視線を受けて、黒須がスマホを見せた。
そこに写ってるのは……ピアノの上に乗る私……。

うそ……。

「動画も撮ったよ」

黒須がスマホを操作して動画を再生させる。

ノリノリのダンスミュージックが流れ、ピアノの周辺に沢山の人が集まり、みんなで踊ってる映像が流れた。

その中で先導するように、ピアノの天板の上で踊ってるのは確かに私だった。

公共の場でこんな事をしたなんて、信じられない。
ていうか、黒須の前で何やってんの。恥ずかし過ぎる。

「なんで止めなかったの!」
「春音が楽しそうだったから」
「止めるべきでしょ!だから大事なピアノが壊れるんですよ」
「修理代は春音に払ってもらうから大丈夫だよ」

黒須が嬉しそうな笑顔を浮かべた。
はっきりとした証拠もある。もう言い逃れできない。

「修理代っていくらなんですか?」

「百万円」

「えっ!」

「と言いたい所だけど、50万円でいいよ」

ご、ごじゅうまん……。

ダメだ。貯金は10万円しかない。すぐに返せない。
かと言って踏み倒す訳にもいかない。
壊した責任はきちんと取りたい。

「わかりました。50万円分働かせていただきます。お給料は全部天引きして下さい」

沢山シフトに入れれば三ヶ月ぐらいで返せる。

「全部引いていいの?」
「早く借金をなくしたいので」
「こっちは全然急がないよ」
「私は嫌なんです。あなたの顔なんて見たくありませんから」

黒須が形のいい眉を上げる。

「気持ちいいぐらいに嫌ってくれるね。わかった。早く修理代が終わるようにするよ」

黒須が手を差し出した。

「何ですか?」
「契約成立の握手」

黒須がにっこりと笑った。
手なんて触れたくないが、雇い主に敬意を表して差し出した。

長い指で力強く握られ、物凄い力で引っ張られた。
 
不意打ちをくらう。

次の瞬間、黒須の胸に飛び込むような恰好になった。
ベスト越しでもわかる逞しい胸板……。
甘いコロンの香り……。

ドキドキする。 

「よろしく」

耳に愛撫するような声で囁かれる。
黒須の顔が見れないぐらい頬が熱い。
きっとそんな反応を楽しんでるんだ。

嫌な奴。本当に大嫌いなんだから。