大嫌いの先にあるもの

「普通は姉の夫を好きになる事はいけない事だって思いますから。自分の恋心を否定するしかなかったんでしょう」

「なるほど」

「本来なら諦めるべき恋でしたが、美香さんは亡くなってしまいましたから、春音さんにもチャンスが回って来たという事です。しかし、やっぱり美香さんに後ろめたい気持ちになるでしょう。美香さんが生きていれば黒須に恋心を持つのはいけない事ですから。美香さんの死を喜んでいるような自分が嫌だって自分を責めるでしょうね。だから大嫌いだと言って黒須を遠ざけようとしているんです」

相沢の分析力に感心するばかりだ。そこまで春音の気持ちが見えていなかった。

「という事は春音が大嫌いだと言っていたのは好きの裏返しって事か?」

相沢が頷いた。

「やっとおわかりになったようですね」

「じゃあ、あれはやっぱり僕の事なのか?」

「何です?」

「春音が前に言っていたんだ。中学生の時に16歳年上の結婚している人を好きになったって」

「黒須以外に誰がいるんですか?ほとんどそれって告白じゃないですか」

「春音が僕以外の人間だって言ったから、学校の先生の事だと思ったんだよ」

相沢が苦く笑った。

「春音さんの精一杯の嘘でしょ。そんな事にも気づかないとは信じられない人ですね」

「僕は相沢とは違うんだ。女性の気持ちなんてわかるか」

「上にうるさい姉が二人いますからね。そのおかげで少女漫画が愛読書になりましたよ。黒須も読んだ方がいいですよ。少しは女性の気持ちがわかるようになりますから」

クックックッと楽しそうに相沢が笑う。
バカにされているようで悔しいが、言い返せない。

「もう一つ聞きたいが、その……」

「何です」

「実はその、今夜、春音とキスを」

「キス?」

リムレス眼鏡の奥の瞳が怪訝そうにこっちを見た。