大嫌いの先にあるもの

「黒須のせいじゃないよ」

抱きしめながら春音が言った。

細い腕が僕の胴体をしっかりと巻いている。
胸の前には春音の小さな顔があった。そこから一生懸命な表情でこっちを見上げた瞳は涙の膜で覆われている。いつ大粒の涙が落ちてもおかしくない。それぐらいの量の涙があった。

そんな春音が愛しい。
抱きしめたい。

しかし、美香を死に追いやった僕は今、春音に触れてはいけない気がする。

春音がなんと言おうと、僕のせいである事は変わらない。
僕はあの時の自分が許せない。

何度も秘書が美香からの伝言を伝えようとしていたのに、無視して他人の資金で金儲けをする事に夢中になっていた。

1000万ドルの利益なんかよりも、大事な事があったのに。

「僕は春音に慰めてもらう資格もないんだよ」

春音から視線を外して、苦く笑った。
春音に徹底的に嫌われたい。そんな衝動に駆られる。

「美香が僕を待っていた間、僕の頭の中には美香の事なんてこれっぽっちもなかったよ。あったのは1000万ドルの取引を成功させる事しかなかった。酷いだろ?」

口にしてみると本当に僕は酷いやつだ。
きっと春音もそう思うだろう。そんな事の為に美香を犠牲にしたのかって、怒るだろう。そして大嫌いだと言うだろう。

だけど春音は怒るどころか、悲しそうに笑った。