大嫌いの先にあるもの

書斎に行くと、壁際のデスクの前で立ち止まった。一番下の引き出しから灰色のファイルを取り出し、春音に見せたいページを開いた。

「この記事を見て欲しい」

そこにはニューヨークポストの記事が挟んであった。

「カーアクシデント。車の事故でジャズピアニストが亡くなったって書いてあるのかな」

春音が英語の記事に視線を向けながら言った。

「その通り。この記事にあるピアニストは美香の友人なんだ」

睫の長い二重瞼が驚いたように瞬きをした。

「ここにあるジャニス・ウォーターさんが？」

「そうだよ。僕も美香を介して一度会った事がある。気さくないい子だったよ」

記事を見つめる春音の横顔がだんだん悲しみに染まっていく。

無理もない。ジャニスも美香と同じ年の25才でこの世を去っているのだ。

「大丈夫か？」

春音の華奢な肩に手を置くと、今にも泣き出しそうな表情で僕を見上げた。

「大丈夫。話して」

涙を我慢して微笑んだ表情が胸につきささる。

「無理するな」

春音をそっと抱きしめた。
腕の中に収まる小さな肩が今夜は酷く頼りない。

「今日はここまでにしようか？」

春音が心配でそんな事を聞いてしまう。無意味な質問だとわかっているのに。春音はきっと続きを話せと言うだろう。

「最後までちゃんと聞くよ。どんな事があっても受け取めるって言ったでしょ？私、もう大人だから」

やっぱりそう言ったか。
強くなったな。

「わかった。話すよ。この記事の日付を見て欲しいんだ」

春音がハッと息を飲んだ。

「12月12日。美香ちゃんが亡くなった日の新聞……。ジャニスさんが亡くなったのと、美香ちゃんが亡くなった事は関係があるって事？」

春音の質問にゆっくりと頷いた。