大嫌いの先にあるもの

テーブルの上に二つざるそばセットを置いて行くと、おじさんは出て行った。

「まだ食べてなかったの?」

並んだざるそばを見た率直な疑問だ。私より30分は早くお蕎麦屋さんに黒須は来てたはずだ。

「春音を待ってたんだよ。おかげで背中と腹がくっつきそうだ。いただきます」

手を合わせてから、黒須は隣でざるそばを食べ始めた。元の席には戻らないようだ。

「来なかったかもしれないのに?」

「来ないつもりだったのか?」

「だって誘われたかどうかもよくわからない感じだったし」

「誘ったんだよ。春音とランチしたかったから」

あれはやっぱり誘われたんだ。なんか嬉しい。顔がにやけそうになる。

「またざるそばなんだ」

「春音が来たら出してもらうように頼んであったんだ」

「メニューを見る権利は私にないの?」

「僕の好きな物を一緒に食べたいから、それはないな」

「ざるそば好きなの?」

「好物だ」

「意外。なんか日本人みたい」

「僕は日本人だ」

「アメリカ人じゃないの?」

「父が日系アメリカ人だけど僕は日本人だと思っている。2才からハイスクールに入るまでは日本で育ったからね。その辺の日本人と変わらないよ」

初めて聞く話だ。

「ずっとニューヨークにいたのかと思ってた。もうニューヨークには帰らないの?」

黒須がざるそばをすすった。

「答えが見つかるまでは日本にいるつもりだ」

「答えって?」

黒須が箸を置いてこっちを見た。

「僕の質問にも答えて欲しいな」

「えっ、質問……?」

「36歳の男をどう思うかって質問だよ」

「ああ、その話ね」

このまま誤魔化そうと思ってたのに、またそこに戻るんだ。