「春音ちゃん?」

顔を上げると若菜と視線が合った。
一瞬、黒須に肩を叩かれたのかと思った。前にいる黒須がわざわざこっちまで来て肩を叩くなんて、ありえないのに。

「答案用紙回って来たよ」
「あ、ありがとう」

若菜の手から答案用紙を受け取った。

「顔が真っ赤だけど、大丈夫?」

若菜が心配そうにこっちを見た。

「う、うん。若菜、あの、先生どうしてる?」
「へっ」

若菜が不思議そうな顔をする。

つい黒須の視線が気になって変な事口走った。黒須に興味があるって思われたくない。

「あ、ごめん、今の」
「全員、答案用紙ありますか」

黒須の声と重なった。今のなしって若菜に言おうとしたのに。

若菜の視線が黒須の方に向いた。

「今から黒板に問題を書きます。その事について論じて下さい。講義で配ったプリント、それから教科書、ノートは見ても構いません。それ以外はダメです。スマホも電源を落として下さい」

黒須が黒板の方を向いたので、やっと黒須を直視できた。黒スーツ越しの背中が私を拒絶してるように見えるのは気のせい?

なんで今日は不機嫌そうなの?
私に怒ってるの?

そう聞きたいけど、黒須が遠い。
土曜日は隣にいて、手をつないで歩いたのに。

黒須の手、骨ばってて、大きくて男の人の手って感じだったな。
いっぱいドキドキしちゃったな……。

妹か。

黒須は妹だと思ってるから優しくしてくれてたんだよね。
妹じゃなかったら、私なんかと関わろうとしないんだろうな。
こうして私の大学で先生をする事もなかったんだ。

はあ。なんか胸が痛くなって来た。