ツカツカと早足で教室に入って来た黒須は、檀上の教卓前で立ち止まると、教室全体を見渡すように視線を向けた。

今日は全身黒コーデだ。黒スーツ、黒シャツ、黒ネクタイ。見事に真っ黒。なんかマフィアみたい。物凄い威圧感。だけど、何を着てもカッコいい。長身で、引き締まった体型に似合ってしまう。

「今日は試験です。関係ない学生はすぐに退出しなさい」

マイク越しに低めの声が響いた。いつもと違って言い方が厳しい。普段はソフトな声で穏やかに話すのに。表情も硬いというか、なんか不機嫌そう。どうしたんだろう?

まさか私が土曜日、途中で帰ったから?それとも大学の講師を今すぐ辞めてって言ったから?

まさかね。私の言った事なんか気にしないよね。黒須は。

「呆れた。前列の女子、ほとんどが退出してるよ」

ゆかが言った。

さっき私が見てた教壇前の席は空席になった。本当に呆れる。何しに来てるんだか。まあ、普段の黒須が無断出席を許してしまうぐらい学生たちに甘いって事だけど。今日はちゃんと線引きしてる。試験だからかな。

「なんか黒須先生、今日、怖いね」

若菜が独り言のように呟いた。

「だよね。ピリピリしてるよね。こんなに恐い感じなの初めて見る」

ゆかが若菜に同調した。

若菜もゆかもそう思うのか。やっぱり今日の黒須は不機嫌なのかな。

じっと黒須の様子を観察してると、目が合った――気がする。慌てて視線を逸らし俯くけど、なんか視線を感じる。もしかして今、黒須がこっちを見てる?

そう思ったら頬が熱くなった。なんか脈も速くなってる。なんでこんなにドキドキしてるんだろう。

落ち着かなきゃ。これから試験なんだから。

平常心、平常心……。

いやだ。まだ視線を感じる。黒須が私を見てる気がする。
なんかおでこの辺りに視線を感じて熱い。溶けちゃいそう。

どうして私なんか見てるの?
意識させないで。もう黒須の顔見れないよ。

トントンと肩を叩かれてハッとした。