大嫌いの先にあるもの

「ふーん、そうか。なら紹介して欲しいな」

「絶対に嫌だ。なんで黒須に紹介しなきゃならないのよ」

反発するように春音が言った。

「義理の兄として春音がちゃんとした人を選んでるか確かめる為だよ」

「もう黒須と私は関係ないって言ってるでしょ!兄貴面しないで」

「関係あるよ。春音は僕のジャズバーで働いてるし。雇用主として従業員が幸せでいるか知らないとな」

「今度は雇用主ですか」

「兄貴面するなって言われたからね。あ、大学の講師としての立場もあったな」

春音がため息をついた。

「黒須って私をストーキングしてるの?大学も、バーも私に関わり過ぎだと思うけど」

「春音を見守りたいだけだよ」

「どうして?」

「美香と結婚する時に約束したから」

「何を約束したの?」

春音が興味深そうに見てくる。

「それは秘密」

「秘密なら言わなきゃいいじゃん」

春音が睨む。怒った顔も可愛い。

「秘密っていうのは冗談だよ」

春音が信じられない物を見るように眉を上げた。

「からかって楽しんでるんでしょう」

「春音がいちいち素直に反応してくれるからね」

笑うとさらに春音に睨まれた。

「私は全然楽しくない」

「そうかな。楽しそうに見えるけどな」

「私の気持ち勝手に決めつけないで」

「そう言いながらも口元が笑ってるよ」

「笑ってない」

「笑ってる」

「笑ってないってば」

「笑ってる」

「もうっ、笑って……ない」

次の瞬間、春音が我慢できないって感じで吹き出した。楽しそうな笑い声にウキウキする。今日の春音は仲の良かった頃に戻ったみたいだ。

「ほら笑った」

「今のは黒須が笑わせるから」

浮かんだ涙を拭いながらこっちを見上げる春音の瞳が穏やかに見える。

美香を死なせてしまった僕の事を少しは許してくれたんだろうか。もしそうなら春音ともっと美香の話をしたい。思い出を共有したい。

「ねえ、美香ちゃんと何を約束したの?」

甘えるような表情を春音が浮かべた。