大嫌いの先にあるもの

鼻先を春音の左の頭につけると、春音がビクッとして、離れた。

「ちょっ、何?」

眉頭をひそめ、不愉快そうに春音がこっちを見た。

「髪の匂いを嗅ごうと思って。とてもいい香りがしたから」

「はあ?」

春音の眉間に皺が寄った。

「何言ってんの?理解できない」

「ダメ?」

「当たり前でしょ!黒須の変態!」

「春音も僕の匂い嗅ぐ?好きな所どこでもいいよ」

両手を広げて自由にどうぞというポーズを取ると、春音の顔がまた真っ赤になった。恥ずかしそうに俯いた顔に胸がキュンとする。

なんだろう。この小動物みたいな可愛らしさは。ハリネズミ?ツンツンしてるけど、小っちゃくてモコモコで愛らしい所が似てる。

可愛い生き物はからかっていじめたくなる。反応が見たいから。

春音に一歩近づいて、赤くなった頬に触れると、さらに驚いたように春音がこっちを見上げた。戸惑いがいっぱいの焦げ茶色の瞳をじっと見つめると春音が恥ずかしそうに視線を逸らし、小さな声で「離して」と言った。

「嫌だ」

もっと困った顔をみたい。
春音の瞳が困惑でいっぱいになる。

「は、離して」

「イチゴみたいに赤い春音の頬が可愛いからイヤだ」

一瞬で春音の顔中がイチゴ色に染まった。
いい反応だ。いじめがいがある。

「もうっ」と言って物凄い勢いで春音が頬に触れてた僕の手を振り払った。

「黒須のバカ!」

春音が背を向けて突進するように歩き出す。
危ない。その先は池がある。

「春音、池」
「きゃっ」

春音が池の縁でつまずいた。前かがみの姿勢で池の方に倒れる。
落ちる寸前で春音の腕を掴んで引き寄せた。