「殿下、とても美味しかったですわ。ついつい食べ過ぎてしまいました」

 力いっぱいお淑やかに微笑みつつ答えた。

「それはよかった」

 偽皇太子を演じるマリオは、満足そうにうなずいた。

 マリオとわたしのことさら大きな会話に、長テーブルについているだれもが注目している。

「これは失礼。この栄えある晩餐会のゲストに、隣国より参った聖女アヤ・クレメンティを招きました」

 マリオは、にこやかな表情で立ち上がった。わたしもそれにならう。

「静養先で暗殺者に襲われましてね」

 彼は、にこやかな表情のまま続ける。

「あやうく死にかけたところを、癒しの力で助けてもらったわけです。そのお蔭で、わたしはまたみなさんとこうして食事をともにできています。まぁ左頬に傷は残ってしまいましたが、これはわたしが暗殺者に襲われたという証拠になります。わたしを暗殺しようとした黒幕が存在するというわたし自身への戒め、みたいなものでしょうか」

 マリオは、さらに笑顔をふりまく。

 皇子や皇女たちは、隣どうしで顔を見合わせている。

 暗殺者の話にたいしてか、あるいは寡黙であるはずの皇太子殿下がとつじょ話しだしたことにたいしてか、とりあえず反応している。

「調査はすでにはじまっています。そうときをおかずして、真実はみえてくるでしょう」

 マリオの声のトーンが急にかわった。

「皇太子暗殺未遂事件だ。黒幕は、かならずや見つけ出してそれなりの制裁をする」

 口調もかわった。

 わたしをのぞく全員が、ギョッとしたようにマリオを見ている。

「それから、この皇宮内、具体的には皇族の間でも長きに渡っていろいろ不都合なことが起っている。それらもいっせいに摘発し、それに応じて処断する」
「なんだと?おまえがか?側妃どころかどこの馬の骨とも知らぬ女から産まれたおまえが、高貴な血を受け継ぐわれわれをどうにかするというのか?」
「そうだ。後ろ盾の一つもないおまえに何が出来る?」
「いきなり何を言い出すかと思えば……。戯言もいいかげんにしておかねば、痛い目をみるぞ」
「かならずや後悔することになる」

 マリオが宣言をすると、後ろ暗いことを抱えている連中が途端にわめきだした。

 愚かな皇子や皇女はいないと思っていたけど、ほぼ全員が愚か者だったわ。

「聖女アヤは、わたしの体だけではなく精神(こころ)をも癒してくれた。粛正は、もっとはやく行わなければならなかったのだ。わたしが後悔しているのは、以前のわたしではそれが出来なかったことだ。だが、これからは違う。わがヴェッキオ皇国の為にも、宿痾はことごとく粛清してやる」

 マリオは、宣言とともに両手でテーブルを思いっきり叩いた。

 空になったカップや皿が飛び跳ねる音に、ほぼ全員が驚愕の表情を浮かべた。

「父上っ、いえ、陛下。陛下からも何か申して下さい。今の発言がいかに暴挙であり、われわれにたいする侮辱であるかということを」

 皇帝陛下に一番近い皇子が叫んだ。その左右と向かい側の皇子たちも同様に叫んでいる。

「わたしが許可をした。皇太子の申す通りだ。この場にいる者全員、先程の皇太子の宣言を頭と心に刻みこんでおけ」

 皇帝陛下の蒼白い顔には、他をよせつけない厳しい表情が浮かんでいる。

 その皇帝の一言で、この場がさらに凍りついた。

「聖女アヤ、こちらへ」

 マリオが手を差し伸べてきたのでその手をとると、彼は上座へと歩きはじめた。

「どけっ、そこは彼女とわたしの席だ」

 そして、皇帝に一番近い席に近づくと、そこに座している二人を恫喝した。

 どくように言われた二人は、真っ赤な顔をしてわたしたちを見上げた。怒りと困惑で言葉も浮かばないらしい。

 文字通り席を蹴るように立ち上がると、そのまま食堂の間を出て行ってしまった。

 ほかの皇子や皇女たちも慌てて席を立ち、それにならった。

 こうして、和やかな夕食会は平和的に終わりを迎えたのだった。


 皇帝陛下とは、あらかじめ会っておいた。

 そして、生まれかわった皇太子殿下は皇族や皇宮内、それと閣僚や上流階級にはびこる宿痾を取り除く宣言をした。さらには、わたしをヴェッキオ皇国の聖女として迎えることも告げた。

 皇帝陛下は、ヴァスコが言っていた通り病床にあった。

 マリオと二人で会った瞬間、わたしたちは気がついた。

 皇帝陛下は毒を盛られていることを。

 毒といっても即効性のあるものではない。食べ物や飲み物にほんとうにわずかずつ混ぜ、ジワジワと寿命を縮めてゆく。そんな類の毒である。

「陛下。さしでがましいですが、まずは陛下の病を癒せればと思っています」

 そう提案してみた。が、当然皇帝陛下は信じるわけもない。

「明日からさっそく、癒しを行います。お元気になりましたら、ぜひとも皇太子殿下と協力してこの皇国をよりよきものになさってください」

 そうとも告げておいた。

 正確には、聖女の力を使うわけではない。

 盛られている毒を中和する薬草を煎じ、それをあたえるのである。

 いずれにせよ、毒を盛っている人物、っていうか黒幕を捜しあてなければならない。

 皇帝陛下はすぐに元気にというわけにはいかないが、これで死ぬことはない。

 そこは、ヴァスコに任せることにした。

 実際に食事を運んでいる侍女、医師と薬師、こういう人物が実行犯に違いない。そこからたどれば、おのずと黒幕に行きあたる。

 さあ、それはだれなのか?

 皇太子殿下の命を狙ってくるかどうかも含めて、今後のことが楽しみでならない。

 それはともかく、皇帝陛下の了承を取り付けた。そして、癒しの力っぽいものを見せた。

 病は気から、という。

 皇帝陛下はなんちゃって癒しが効いたのか、夕食会に出席出来た。

 そうして、皇帝陛下は皇太子を支持したわけである。