複雑でビミョーな気持ちである。それが、わたしを苛立たせる。

 本当は、心と頭の片隅でかんがえ、決意しかけている。

 真実を告げてもいいんじゃないの?

 そんなふうに……。

 それを思っているのは、たぶんアヤではなくわたし。つまり、カリーナ・ガリアーニ。

 じゃあ、アヤは?アヤはどう思うかしら?いえ、思っているかしら。

 アヤ、あなたのかんがえをきかせてちょうだいよ。どうすればいいか、教えてちょうだい。

 無意識の内に、胸に手を当てていた。アヤの存在を確かめるように。

「アヤ?そうだった。すまない。きみも、わたしの介抱で疲れているに違いない、いくらでも時間はある。また明日、話をしよう」
「え、ええ。そうね」

 マリオの提案に即座にのった。

「マリオ。あなたは、自分のことを「わたし」と「おれ」、どちらで呼ぶの?」

 たしか暗殺者と知れる前、つまり馬車屋のふりをしていたときは、「おれ」と言っていた。言葉遣いも、もっとワルっぽかった。

「きみは、聖女様だからね。ちゃんとした言葉遣いをした方が、きみも安心だろう?」
「あなたって、やさしいのね」

 思わず、笑ってしまった。けっして揶揄ったり茶化したりしているわけじゃない。

 そういう細かい気遣いがうれしかったからである。

「ありがとう。でも、無理をしなくってもいいわよ。わたしは、どちらでもかまわないから」
「じゃあ、侯爵の前では貴族子息のままで通すよ。きみとのときだけ、ざっくばらんにさせてもらう」
「ええ、そうしてちょうだい。じゃあ、部屋に戻るわね。おやすみなさい」

 立ち上がり、続き部屋への扉へ向かった。

「アヤ」

 扉のノブに手をかけたとき、彼が名を呼んだ。

「ありがとう」

 そして、彼はもう何十度目かのお礼を言った。

 わたしは振り向かないままうなずき、扉を開けて自分の部屋へ入った。 

 ねぇ、アヤ。わたし、どうすればいい?彼にわたしたちのこと、話してもいい?

 夢にでもいいから出て来てよ。お願いよ、アヤ。

 閉めた扉に背中を預け、何度もアヤに呼びかけた。

 もちろん、彼女が応えてくれるわけはない。


 部屋の扉は、外からしか鍵をかけることが出来ない。厳密には、中からかけられるはずだったものが潰されているのである。続きの間の扉は、鍵自体ない。

 窓もまた鍵がない。まあ、鉄格子があるので鍵など必要ないんだけど。
 しかも、ここは二階。古城がそもそもこういう造りなのか、通常の建物の二階などよりはるかに高い。

 ざっと見てみた。もしも鉄格子を外せたとしても、外壁に足場になるようなへこみやでっぱりがない。だけど、壁一面に蔦が這ってい。

 もしかしたら。それを、利用出来るかしら?

 そう思って鉄格子の間から手を伸ばして蔦に触ってみた。が、小さな子どもの体重くらいしか支えられそうにない。小柄で痩せている大人でも、負荷がかかりすぎる。

 ということは、ロープが必要かしら。

 もちろん、そんなものが手近にあるわけもない。

 ここから落ちたらヤバいきしら。

 それこそ、運がよくて骨折。運が悪ければ死ぬわね。

 部屋の内外を確認してから、寝台に横になった。

 マリオもまた、おなじようにチェックを行っているはずね。

 彼との部屋の間の扉に鍵はない。だけど、彼は寝込みを襲ってくることはない。なぜか、そう確信出来る。

 そう確信したことに、自分でも驚いてしまった。

 それはともかく、もしも寝込みを襲って来るのなら、マリオではなく侯爵の方ね。

 お願いだから、今夜だけはやめてちょうだい。

 神経を張り詰め続けるには、今夜はぜったいにムリ。だから、今夜だけは寝かしてほしい。

 心の底から願ってしまう。

 瞼を開けていられない。

 当然のことながら、愛用の軍用ナイフを枕の下に忍ばせている。

 どれだけ疲れていても、それだけはぜったいに忘れない。

 意識がじょじょにまどろんでいった。

 そして、眠りに落ちた。



 自分がどれだけたるんでしまっているのか、この朝充分思い知らされた。これでもうそれを思い知らされるのは何十度目かになる。

 信じられないほど眠れた。これほど眠れたのは、いつ以来だろう。

 昨夜食べたサンドイッチか葡萄酒に眠り薬でも入っていたのか、と一瞬疑ってしまったほどである。

 いずれにせよ、言い訳にはならないわね。

 眠り薬に気がつかずにそれが効いて眠っていたのだとしても、眠り薬で眠っていたわけじゃないにしても、どちらにしてもたるんでいるわけなのだから。

 マットは硬すぎずやわらかすぎず、腰に負担がかからず背中も痛くならない。ふっかふかの布団はやさしく体全体を包んでくれる。枕の高さは首にぴったり。

 完璧すぎて、寝台を離れたくない。

 その思いを断ち切り、風呂に入って頭をしゃんとさせた。

 続きの間の扉をノックすると、すぐに「どうぞ」と返って来た。

 扉を開けると、なんとマリオは床に両手をついて腕立て伏せをしているじゃない。