「さすがは龍神族の姫です。本当に素晴らしかった!」
カイルの額には大量の汗が流れており、息も少しばかり上がっている。
人間が私を見る時は奇異な目か、怪訝そうに眉を顰める者が多い。けれどカイルは夢見る少年の眼差しをしていた。あまりにも純粋で真っすぐな視線に、照れくささを覚えてしまった。
「皇太后様、不躾なお願いだということは重々承知しております。ですが、私の師匠になってください!!」
「そうね。伸びしろはあるし良い師がいたら──って、私が? 師匠!?」
「駄目ですか!? 師匠!」
「すでに師匠呼びしているけど!?」
「後生です!」
(師匠はまずい。ますますここから離れられないじゃない! 師匠の響きは憧れるけれど……! ダメよ私!)
半瞬、突如凄まじい覇気が生じ──私は素早くその場から飛びのいた。私が佇んでいた場所に稲妻が降り注ぐ。
「ちょ──ぜぶぶぶ!?」
カイルは直撃してはいないものの、その威力に吹き飛ばされた。あまりの衝撃波に私はさらに距離を取った。今の一撃で土煙が吹き荒れる。まるで機嫌を損ねた猛獣のような荒々しい攻撃だ。
(こんな荒業をするのは──)
近づく甲冑音は、それが誰なのか如実に語ってくれていた。漆黒の鎧に身を包んだ男、ダリウスが戦闘態勢で佇んでいるではないか。
「次は俺と踊ってもらおう」
(……カイルの時のような余裕はないわね。こちらもある程度本気で行かなければ、潰される)
ダリウスは腰に佩刀していた刀を抜いた。
鈍色の刃が空気に触れた刹那、その場の空気が息苦しく、そして凍り付いた。
ひりひりと刺すような圧迫感、それが眼前に佇んでいる男から発する。私は思わず生唾を飲み込んだ。
この後の戦いを考え、私はギャラリーが残っていないか周囲を見回す。
戦闘不能になったカイルは、他の隊員たちが担いでこの場を離脱したようだ。懸命な判断と言えるだろう。
(あのぐらい離れているなら、まあ大丈夫かしら)
「どこを見ている」
ダリウスは刀を軽く振るった。たったそれだけで剣圧が、衝撃波となって突風が吹き荒れる。
「くっ……」
次いで刀身に魔力が凝縮していく。それは野放図に垂れ流されたものと異なり、明確な意思を持ってダリウスの刀に集約する。これを生身の体で受けきるには骨が折れるだろう。ダリウスの力を認め、手を翳す。周囲に溢れ出ている魔力を紡ぎ、武器をこしらえる。
長い柄に横幅の広い刀身を付けた武器。極東の地ではこう呼ばれていた──龍我偃月刀、と。全長百八十センチ、刀身は五十センチは、私には不釣り合いな武器に見えるだろう。実際、私の主要武器は別にあるが、これは兄様が使っていた武器に似せて作った。せっかく兄様との稽古を思い出したのだ、この武器こそ相応しいだろう。
「行くぞ」
「ええ」
ほぼ同時に言いあった瞬間──刃がぶつかり合い、
激突する。
その衝撃波はすさまじく、並の人間でなければ吹き飛ばされていただろう。五月雨のような怒涛の突きに対し、私は躱しつつ迎撃する。
剣戟は苛烈を増し、火花が激しく散った。
二十、三十合と打ち合う。
鍔迫り合いを重ねるごとに、ダリウスが相当の手練れだと身をもって知る。冷静な判断力、周囲を見通す視野の広さに、純粋な強さ。前帝と呼ばれるだけのことはある。
互いの皮膚を裂き、切り傷が増えるが、これでは決定打にはならない。
速さ、手数、威力共に同等もしくは拮抗する形で膠着状態が続いた。互いの実力を知るだけなのなら十分といえる勝負だったが、私もダリウスも負けを認める気はなかった。ある種、剣を交えることによって互いに次の手がわかる。
「眼前の敵を屠れ──あー以下略、魔術式第七位階、蒼穹神雷撃!」
「詠唱なしとか反則過ぎるだろうが、魔術式第七位階、劉雷撃!」
私は龍我偃月刀に膨大なエネルギーを蓄積させて振り下ろし、そのタイミングに合わせてダリウスが叫ぶ。互いの魔法がロスタイムなく発動し、爆発する。
纏った数千万のプラズマによって白と黒の光が照らし、暴風雨の如く風が空へと吹き上がった。私とダリウスは衝撃波によって間合いの外まで下がった。すぐさま態勢を整える。呼吸を整え──私は思わず叫んだ。
「ダリウスだって、詠唱省略しているじゃない!」
「別に出来ないとは言ってないだろう」
「むう」
ダリウスは喉を鳴らして笑った。
私は少しだけ腹が立ったので勢いよく乱撃を繰り出すが、彼は水の流れるように刃を弾くか、受け流す。大柄特有の鈍重さはない。連続攻撃にフェイントなどもえげつない狡猾さをみせる。躊躇なく目突き、顔面を狙った刃に対して私は瞬きせずに突っ込んでいく。すれすれで躱し、刃が頬に掠めるのも気にせず──柄を強く握り締めた。超至近距離からみぞおちにかけてのゼロ距離の突き。
ギィイイン──。
ダリウスは鞘を私の刀身にぶつけて、威力と軌道をずらした。
(これを塞ぐなんて!)
「──惜しかったな」
呼吸をするように刃を振るう。
射るような視線、本気の一撃、小手先の駆け引きではない。
強い。次はどう来る?
どう返そうか。
私はダリウスを観察しながらそんな事を考えていた。しかしそれもすぐに頭の片隅に追いやられる。
実に楽しい相対であり、心躍る刹那の乱舞。
カイルたちはすでに城砦に近い場所まで撤退し、観戦をしていた。
ここには二人しかいない。どちらかが降参か戦闘不能にならなければ終わらないだろう。むろん私が白旗を上げることはない。
「流石、前帝と呼ばれるだけのことはあるわね」
「お前も龍神族に相応しい強さだ」
私たちは息ぴったりに言い合う。
まさか同じことを思っているとは思わず、互いに笑みが溢れた。「引き分けでも良いんじゃないか」という雰囲気になる。
だが──。
「だけど!」
「だが!」
「私は、今まで半分の力だったわ!」
「そうか。俺は三分の一の力しか出してないがな」
「全然、本気じゃなかったわ! 二割程度だった!」
「言い忘れていたが、ハンデとして俺は小指一本分の力しか使ってない!」
「そこまでして勝ちたいなんて、何考えているのよ!?」
「フッ。勝ったら、お前からの褒美がもらえるからな」
「あーもう! どうなっても知らないわよ!」
「それはこちらのセリフだ!」
眼前の相手には負けたくない。勝利を手にするため互いに最大の一撃で決着をつける。空気が張り詰め、互いに間合いを詰め──駆け出す。
間合いがゼロになる。刹那。
──キィイイイイ!
私たちの魔力に反応してか、魔物の咆哮が響き渡った。
「このタイミングで!?」
「チッ」
雄叫びの咆哮から推測するに、降魔ノ森だ。
私とダリウスの勝負はすぐさま切り上げ、そのまま城砦抜けて降魔ノ森へと直行する。彼は私を城砦に置いていきたかった節があるが「魔物討伐ならば」と渋々承諾してくれたようだ。
カイルの額には大量の汗が流れており、息も少しばかり上がっている。
人間が私を見る時は奇異な目か、怪訝そうに眉を顰める者が多い。けれどカイルは夢見る少年の眼差しをしていた。あまりにも純粋で真っすぐな視線に、照れくささを覚えてしまった。
「皇太后様、不躾なお願いだということは重々承知しております。ですが、私の師匠になってください!!」
「そうね。伸びしろはあるし良い師がいたら──って、私が? 師匠!?」
「駄目ですか!? 師匠!」
「すでに師匠呼びしているけど!?」
「後生です!」
(師匠はまずい。ますますここから離れられないじゃない! 師匠の響きは憧れるけれど……! ダメよ私!)
半瞬、突如凄まじい覇気が生じ──私は素早くその場から飛びのいた。私が佇んでいた場所に稲妻が降り注ぐ。
「ちょ──ぜぶぶぶ!?」
カイルは直撃してはいないものの、その威力に吹き飛ばされた。あまりの衝撃波に私はさらに距離を取った。今の一撃で土煙が吹き荒れる。まるで機嫌を損ねた猛獣のような荒々しい攻撃だ。
(こんな荒業をするのは──)
近づく甲冑音は、それが誰なのか如実に語ってくれていた。漆黒の鎧に身を包んだ男、ダリウスが戦闘態勢で佇んでいるではないか。
「次は俺と踊ってもらおう」
(……カイルの時のような余裕はないわね。こちらもある程度本気で行かなければ、潰される)
ダリウスは腰に佩刀していた刀を抜いた。
鈍色の刃が空気に触れた刹那、その場の空気が息苦しく、そして凍り付いた。
ひりひりと刺すような圧迫感、それが眼前に佇んでいる男から発する。私は思わず生唾を飲み込んだ。
この後の戦いを考え、私はギャラリーが残っていないか周囲を見回す。
戦闘不能になったカイルは、他の隊員たちが担いでこの場を離脱したようだ。懸命な判断と言えるだろう。
(あのぐらい離れているなら、まあ大丈夫かしら)
「どこを見ている」
ダリウスは刀を軽く振るった。たったそれだけで剣圧が、衝撃波となって突風が吹き荒れる。
「くっ……」
次いで刀身に魔力が凝縮していく。それは野放図に垂れ流されたものと異なり、明確な意思を持ってダリウスの刀に集約する。これを生身の体で受けきるには骨が折れるだろう。ダリウスの力を認め、手を翳す。周囲に溢れ出ている魔力を紡ぎ、武器をこしらえる。
長い柄に横幅の広い刀身を付けた武器。極東の地ではこう呼ばれていた──龍我偃月刀、と。全長百八十センチ、刀身は五十センチは、私には不釣り合いな武器に見えるだろう。実際、私の主要武器は別にあるが、これは兄様が使っていた武器に似せて作った。せっかく兄様との稽古を思い出したのだ、この武器こそ相応しいだろう。
「行くぞ」
「ええ」
ほぼ同時に言いあった瞬間──刃がぶつかり合い、
激突する。
その衝撃波はすさまじく、並の人間でなければ吹き飛ばされていただろう。五月雨のような怒涛の突きに対し、私は躱しつつ迎撃する。
剣戟は苛烈を増し、火花が激しく散った。
二十、三十合と打ち合う。
鍔迫り合いを重ねるごとに、ダリウスが相当の手練れだと身をもって知る。冷静な判断力、周囲を見通す視野の広さに、純粋な強さ。前帝と呼ばれるだけのことはある。
互いの皮膚を裂き、切り傷が増えるが、これでは決定打にはならない。
速さ、手数、威力共に同等もしくは拮抗する形で膠着状態が続いた。互いの実力を知るだけなのなら十分といえる勝負だったが、私もダリウスも負けを認める気はなかった。ある種、剣を交えることによって互いに次の手がわかる。
「眼前の敵を屠れ──あー以下略、魔術式第七位階、蒼穹神雷撃!」
「詠唱なしとか反則過ぎるだろうが、魔術式第七位階、劉雷撃!」
私は龍我偃月刀に膨大なエネルギーを蓄積させて振り下ろし、そのタイミングに合わせてダリウスが叫ぶ。互いの魔法がロスタイムなく発動し、爆発する。
纏った数千万のプラズマによって白と黒の光が照らし、暴風雨の如く風が空へと吹き上がった。私とダリウスは衝撃波によって間合いの外まで下がった。すぐさま態勢を整える。呼吸を整え──私は思わず叫んだ。
「ダリウスだって、詠唱省略しているじゃない!」
「別に出来ないとは言ってないだろう」
「むう」
ダリウスは喉を鳴らして笑った。
私は少しだけ腹が立ったので勢いよく乱撃を繰り出すが、彼は水の流れるように刃を弾くか、受け流す。大柄特有の鈍重さはない。連続攻撃にフェイントなどもえげつない狡猾さをみせる。躊躇なく目突き、顔面を狙った刃に対して私は瞬きせずに突っ込んでいく。すれすれで躱し、刃が頬に掠めるのも気にせず──柄を強く握り締めた。超至近距離からみぞおちにかけてのゼロ距離の突き。
ギィイイン──。
ダリウスは鞘を私の刀身にぶつけて、威力と軌道をずらした。
(これを塞ぐなんて!)
「──惜しかったな」
呼吸をするように刃を振るう。
射るような視線、本気の一撃、小手先の駆け引きではない。
強い。次はどう来る?
どう返そうか。
私はダリウスを観察しながらそんな事を考えていた。しかしそれもすぐに頭の片隅に追いやられる。
実に楽しい相対であり、心躍る刹那の乱舞。
カイルたちはすでに城砦に近い場所まで撤退し、観戦をしていた。
ここには二人しかいない。どちらかが降参か戦闘不能にならなければ終わらないだろう。むろん私が白旗を上げることはない。
「流石、前帝と呼ばれるだけのことはあるわね」
「お前も龍神族に相応しい強さだ」
私たちは息ぴったりに言い合う。
まさか同じことを思っているとは思わず、互いに笑みが溢れた。「引き分けでも良いんじゃないか」という雰囲気になる。
だが──。
「だけど!」
「だが!」
「私は、今まで半分の力だったわ!」
「そうか。俺は三分の一の力しか出してないがな」
「全然、本気じゃなかったわ! 二割程度だった!」
「言い忘れていたが、ハンデとして俺は小指一本分の力しか使ってない!」
「そこまでして勝ちたいなんて、何考えているのよ!?」
「フッ。勝ったら、お前からの褒美がもらえるからな」
「あーもう! どうなっても知らないわよ!」
「それはこちらのセリフだ!」
眼前の相手には負けたくない。勝利を手にするため互いに最大の一撃で決着をつける。空気が張り詰め、互いに間合いを詰め──駆け出す。
間合いがゼロになる。刹那。
──キィイイイイ!
私たちの魔力に反応してか、魔物の咆哮が響き渡った。
「このタイミングで!?」
「チッ」
雄叫びの咆哮から推測するに、降魔ノ森だ。
私とダリウスの勝負はすぐさま切り上げ、そのまま城砦抜けて降魔ノ森へと直行する。彼は私を城砦に置いていきたかった節があるが「魔物討伐ならば」と渋々承諾してくれたようだ。